蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜


「蓮は金曜日のこと決まってる?」


もう何個目かわからない程の抹茶チョコが香衣の口に消えて行くのを眺めていると

不意にその口が止まった


「・・・ん・・・決まってるというか
おじいちゃん家に戻るだけなんだけど」


「え?それだけ?」


「うん」


「外出全部?」


「他に行く所も行きたい所もないの」


「そっかぁ」


明らかに眉の下がった香衣の様子に
クスリと笑えば

香衣の表情が変化した


目を大きく見開いたかと思えば
顔は真っ赤に染まってきて


「・・・ゔぅ、破壊的笑顔
・・・・・・反則ぅ」


身悶えするように
意味不明な言葉を呟いている


「大丈夫?」


首を傾けて顔を覗き込むと


「だ、大丈夫だからっ」


急に背筋を伸ばして頬を両手で挟んだ


・・・・・・変なの


そう思ったけれど
口にするにはいけない気がした

そのまま視線だけを合わせていると



「予定が合えば映画とかに行きたいね」


今度は香衣は遠慮がちに目蓋を伏せた


「・・・そうだね」


外出できる六年生はまだ始まっていない

だから・・・そんなチャンス
もしかしたらあるかもしれない

そんな期待を込めて返事をすれば


「楽しみにしてる」


香衣は伏し目がちなまま笑った



* * *



小学生の頃に両親を亡くした香衣は
父方の叔父夫婦に引き取られたという


北の街で小さな鉄工所を営むその家には
元々子供が居なかったから大切に育てて貰っていると聞いた


その香衣が東美に入学した訳は
鉄工所絡みの許婚が決まったかららしく

恩返しの為にと香衣自身もそれに納得している

「外出」は山野の家へ帰って
卒業後に結婚する為の準備をすることが決まっている香衣


映画に行きたいと誘ってくれたのは
行く所も行きたい所もないと言った私への気遣いか

それとも、それ以外選択出来ない
香衣と私の心の拠り所にする為か


深く聞くつもりはないけれど
これまで聞かされた許婚の話は

嫌な話はひとつもなくて
寧ろ、さっきみたいに頬を染めるところしか見ていない気がする


だけど・・・
心の奥底なんて誰にもわからない


だから・・・

軟禁から解き放たれて
飛んで行ってしまわないように


小さな枷だけ付けられる


女学院から中心駅の裏口までバスの送迎付き

制服から着替えてはいけない

バスの出発は十二時
魔法が解けるのはキッカリ十八時










< 5 / 160 >

この作品をシェア

pagetop