翳踏み【完】
あつくてせつない
「おはよう」


今日も茹だるように暑い夏だ。教室に入って、いつもと同じように前の席の友人に声をかける。しかしながら、その声に、返事が返ってくることはなかった。

あれ? と思うのは一瞬で、次にちらりとこちらを一瞥する瞳に言葉が消える。


「馴れ馴れしいんだけど」


小さく、それでも、私に確実に聞こえるように囁かれた言葉に声を失った。そこそこ上手くやっているはずだった。

馴染んでいるとは到底思えなかったけれど、それなりに話を合わせて笑っていられたはずだった。父や母に迷惑をかけたりしたくないし、「嫌だ」とか「自分はこう思う」とか、そういうことを言えずに来た。それでも、こうして同じことを繰り返している。

何が原因だったのか、考えるのも面倒になって自分の席に座った。なるべく目立たないように細心の注意を払った。前髪は人よりも長く、部活も一番目立たないものにした。

成績も平均的で、運動能力も普通で、とことん普通にこだわって生活してきた。


「更科先輩に媚び売るとか」


冷笑する言葉が耳にこびりついて、妙に納得させられた。とうとう同じクラスの女の子にも、私と先輩の不可解な関係が漏れてしまったらしい。昨日、美術室で見た女の子たちが、いたるところで言いふらしたのだろう。

先輩が秘密だと言うから、私もそれに従った。だから、誰にも先輩との関係を言わなかった。それに、きっと先輩に口止めされていなくても、私が誰かに先輩との関係を口外することはなかっただろう。だって、こうなることくらい、理解していた。

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