不完全な完全犯罪ZERO
ボーンヘッド・木暮敦士
 首が落ちている。
いや、落ちて来た。
それも突然俺の目の前に降ってきた。


「わー!! 首だー!!」
俺はまず飛び上がってからワナワナと震えた。
そんな状況を目の当たりにして驚かないヤツはまずいないだろう。
ぶったまげると言うか、目ん玉が飛び出ると言うか……
俺は肝を潰して、その場で立ち竦んでいた。


でもそれは、普通の首ではなかった。俺の首だったんだ。
これが慌てずにいられようか?
俺はパニックになっていた。
それでも冷静になろうとする。なれるはずはないけれど……



全てが無防備だった酬いなのか?
俺は慌てふためいた。


何がどうなっているのかさえ判らない。
第一首が落とされても意識があるってことが不思議だった。


俺は以外にも冷静に、自分の首だと思える物体を見つめていた。
もしかしたらマネキンかも知れないと思ったのだ。


(きっとマネージャーの演出かなんかだ。それにしても良く出来ている。あれっ、マネージャーは俺の頭がこうなっているの何時知ったんだ?)
その答えを出した時、俺はワナワナと震え出した。




 (違う、これは俺の頭だ。間違いない。ってことは? 俺はもう死んでいる?)
俺はやっと判断した。


(んな馬鹿な? そんなことある訳ねー!! 俺の脳は、彼処に転がっている頭の中だよな? だったら、何で見えるんだ!? それによー、これで最期だったら最悪だー!! せめてファンの前で歌わせて欲しかった。そのために此処に来たのに!)

そう俺は、新曲イベントのために此処に来たのだ。




 それはデパートの従業員専用のエレベーターの前だった。
デパートでもスーパーでもそうだと思うけど、従業員専用の駐車場や出入口などは必ず有る物らしい。


俺は其処の従業員でも出入りの業者でもない。
売り出し中のロックシンガーで、地下にある控え室から上がって来たところだった。
今日は此処のCDショップでライブパフォーマンスする予定だったんだ。


だからその前にちょっと買い物をするつもりだったんだ。
長年付いてきてくれるファンさえも気付くはずもないヘアースタイルだったから俺は安心しきっていたのだ。




 (俺は一体どうなってる!? 体は……? 頭は……? 彼処にあるのが本当に俺の首なのか? 解らない……判らない……どうやって俺はこの状態になったんだ!?)
俺は、まだ現実さえ把握出来ていなかったのだ。





 CDが売れない時代にデビューシングルがいきなり大ヒットしたんだ。
それは、長年燻っていた俺達にチャンスをくれたマネージャーと、支援してきてくれたファンのお陰だった。


特に、ファンの皆にはいくら感謝しても足りないくらいだ。


皆それぞれ自主的に、俺達が売れる手段を考えてくれていたんだ。
ラジオや雑誌へのリクエストや、友人達へのアピールなんかで盛り上げてくれたからなのだ。


俺は昔から声量があると言われていた。
だからインディーズ時代にはその声にあった歌詞を考えてくれたんだ。


テンポの良いダンスミュージックから沁々泣けるバラードまで、俺達のオリジナルソングになってくれたのだ。


何時の間にか俺達はメジャーデビューに最も近いアーチストと言われる存在に成長していたんだ。


だからお礼の意味と、第二段の発売を記念しての握手会も兼ねていたのだ。


『新曲アピールするライブなら、もっとファンサービスしなくちゃね』

ヘアーメイクアーチストの妻にスキンヘッドを頼んだ時そう言わた。
独身ってことになっているけど、本当は妻帯者だ。


妻を安心させるために、本当は公表したい。
でも時期尚早だとマネージャーから口止めされていた。


だから俺は本当は悩んでいた気持ちを振り切って、此処に来る前にこの頭にして来たんだ。


(ファンの皆も知っているんだ。何も今更隠さなくても……)
俺はそう思っていた。


(あわよくば今日、打ち明けよう)
そんな思いもあって、今朝妻に頼んだのだ。


(そうだ。俺はさっきこの頭になったんだ!! この頭がマネージャーの悪戯のはずがない……)
俺の脳が壊れる音が聞こえた気がした。




 妻は贅沢も言わず、何時も俺を支えてくれた。
結婚指輪さえも要らないと言ってくれた。
それもこれも俺を気遣ってくれたからだ。
独身で通っている俺の負担になるかも知れないからだ。


でも俺は、だから尚更お礼をしたかったんだ。
お揃いのリングを買ってやりたくなったのだ。




 一通りの打ち合わせが終了して後、俺はホッとしていた。
いきなりこの頭を見た時のメンバーの反応を気にしていたからだ。


『格好いいよ。うん、これなら皆驚くな』
そう言ってくれたのは幼馴染みの原田学(はらだまなぶ)だ。
彼は保育園からの親友だ。俺が金髪にした時、一緒にピアスの穴を開けた仲だった。金髪も誘ったんだけど、それは断られた。
学は真面目なヤツなんだ。そんな彼がスキンヘッドに違和感があると言わなかった。
だから気持ちがいいままでエレベーターに乗ってしまったんだ。




 ドキドキしていた。
ライブハウスならでわの薄暗いステージからでは見えないファンと接触出来るからだ。
熱心なファンの一部は出待ちや入待ちしている。
でも規律を守って集まってくれている方々とは触れ合うことなど出来ないのだ。


実はライブハウスの殆どが出待ちや入待ちを禁止している。
商店街や道を歩く人達の邪魔をさせないためだ。
歩道の縁石でのジベタリアンや入り口近くでたむろしているファンを目の仇にしている人もいるくらいなのだ。
それだけ迷惑をかけているらしいのだ。


俺達が出場している場所もご多分に漏れない。
だから口頭で何度も注意されていたんだ。


でも言えなかった。
ファンの皆があまりにも嬉しそうだったからだ。
だからこのようなファンと直接触れ合えるイベントが嬉しいのだ。




 (俺達にそんな魅力があるのだろうか?)
俺は常に考えていた。


だからもっともっとビッグなグループになりたかった。
俺達はそのアピールのために、此処に来たのだ。




 従業員専用エレベーターはとにかく広い。
バンドのセットも一度に運べる。でも万が一のことを考えて、小分けにすることにした。もしも倒れてキズでも付けたら大変だからだ。ステージパフォーマンスとして、ドラムセットやギターなどを破壊するバンドもある。
何時かは俺も遣りたいけど、今は時期尚早。
成り上がりバンドなど簡単に蹴落とされるから、行動は慎重にしなければならないのだ。


だから出入りの業者の振りをして、何度か往復していたんだ。
まだ駆け出しのバンドだけど、一応のファン対策も兼ねた行動だったのだ。




 従業員にまみれての行動は此方も多目に見られていることもあって、気遣いつつも羽目を外していたのだ。
だからついつい遣ってはいけないことをしようとしていたのだ。
俺がエレベーターに乗ったのは、妻へのプレゼント選びだった。


俺はロックグループのボーカルだ。
売れない時代から支えてくれた妻が、俺の好みのちょいっとロングなチェーンを探してくれたんだ。
しかも、ゴールドスカル付き。
こんなカッコいいペンダントヘッドなんてそうざらにあるもんじゃない。
俺は素直にそう思った。
だから物凄く嬉しいかったんだ。
だから、今まで支えてきてくれた妻にお礼をしたくなったんだ。


俺は目の前に転がる首を見ながらそんなことを考えていた。




 スカル……
頭蓋骨……
髑髏……


でも今の俺はまさにこの形なのだ。
俺の目の前にあるのは、スキンヘッドにピアスだらけの……
俺の頭だった。


妻はヘアーメイクアップアーチストだ。
だからスキンヘッドなんてお手の物だったんだ。


(今まで金髪だったからきっとみんな驚くぞ)

そう思っていた。
マジで……
金髪にした時に音楽で飯を食っていこうと決意した。だからピアスの穴も開けたんだ。俺の未来は明るかったはずだったんだ。




 俺の成功は、妻にとっても幸せなことだと今の今まで信じていた。
だけど、名前と顔が売れてきたことによって余計な心配事も増えてきたのだった。


その一つが、ストーカーとパパラッチだ。
人の後を着けて決定的な瞬間を物にしようとする連中のことだ。


もし、ストーカーに言い寄られた現場でも押さえられたら……
俺は常に、そんな状況下に身を置いていたのだ。


スキャンダル一つで這い上がれないほど深い奈落の底に投げ込まれるのが常だ。
男女の関係などもってのほかで、食事を一度しただけで熱愛報道に繋がる世界だった。




 だからマネージャーがあれこれ煩いんだ。
ロックグループなのだから、一昔前だったらグルーピーなんて当たり前の世界なのに……


グルーピーと言うのは熱狂的なファンの総称で、今の追っ掛けみたいな存在だ。
その一部は肉体まで提供する。
実際に、男女の関係に漕ぎ着けて結婚した人もいるそうだ。


だからそれをあやかろうとしてあれやこれやと仕掛けてくる人もいるそうだ。


マネージャーは妻をそんな人間だと決めつけているようだ。
俺達の関係も、恋の始まりも知らないくせに……




 その時……
エレベーターが開いた。


「ギャーー!!!!!!」
大悲鳴が聞こえる。


でもその途端、俺の頭は見えなくなった。


(俺は死んだのか? なあ、俺の頭は今何処にある? 誰か教えてくれー!!)




 次の瞬間。
俺は垣間見た。
俺の頭が、まだエレベーターの前にあることを。


(鏡か!?)
俺はやっと、理解した。
怖い物見たさとでも言うのだろうか?
俺の目は又くぎ付けになった。


それでも俺は続々と集まってくる野次馬達にも目を向けていた。
次第に固まっていく体と格闘しながら、脳を最大限使おうとしていたのだ。
俺はソイツ等を鏡の中から垣間見ようとしたのだ。




 その時……
ゴールドスカルも垣間見た。


それは野次馬の中の……
妻へストーカー行為をしていた奴が手にしていた。


偶々俺が目撃して……
話したんだ。
でも妻は信じなかった。
ソイツとは幼なじみで、親友だと言っていた。
妻は俺が嫉妬したと思っていたようだ。


妻は幼馴染みだ。
だからアイツが誰なのか、俺が知らないはずがないんだ。


売れっ子のヘアーメイクアップアーティストの妻を誘惑する気だと踏んだのだ。
美人だし気立てもいい。妻に惚れてストーカーなった奴が居たとしても不思議ではない。


(でも、何故親友なのだろうか?)
俺は妻を疑い始めていた。


それでも俺は感じ取っていた。
何か事情があるのではないのかと……
だから守ってやらないといけないと真剣に考えようとしていた。




 その時、俺は思い出した。

さっき乗ったエレベーターの中に帽子を目深にかぶったソイツがいたことを。
きっと出入りの業者の振りをしていたんだ。
それとも、俺の行動を監視していたのだろうか?


いずれにしても、俺をこの状態にさせたのはソイツしかないと思い始めていた。


多分ソイツはエレベーターが閉まる前にゴールドスカルを掴み、そのまま移動させたんだ。

丈夫なチェーンが俺の頭を此処に落とした。




 俺はその時、大事なことを思い出した。
金髪のロン毛だった頃から比べるとそのペンダントヘッドにすぐ手が届くだろうってことを……


(もしかしたら俺のこの頭が、ソイツの殺人願望を刺激したのかも知れない)
俺は俺自身にも非があったのだと考えていた。




 ソイツにとって俺は邪魔な存在だった。
だから、この計画を企てたんだ。
それには、このイベントが好都合だったのだ。


きっとこの後で妻に近付く気なのだろう。
妻が心配だ。
物凄く心配だ。


俺は……

最期に僅かに残った意識の中で、ゴールドスカルに憑依することを決めた。

ストーカーがそれをポケットにしまうの前に。


ボーンヘッド……
ヘマ遣っちゃったからな。


ストーカーの存在に気付きながら、何の対処もして来なかったからな。

せめてもの罪ほろぼし……

俺は絶対に妻を守る!!

俺と同じ状態の、あのゴールドスカルになって……




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