不完全な完全犯罪ZERO
告別式
 告別式、通夜共に会場は市の斎場だった。
其処へ遺体は送り出した時と同じ状態のまま帰って来た。
最新機器を駆使してくれたからだった。


(良かった!)
思わずため息が漏れた。
遺体をこれ以上傷付けたくないと言う両親。
それを説得させてまで、解剖を勧めた俺。


幾ら納得いかなかったからと言っても、言って良いことと悪いことがある。
だから自分の行為を愚かだと思い続けていたのだ。


死因は全身打撲と脳挫傷。
飛び降りた事実に間違いなかったが一つだけ気になる箇所があったようだ。
それは、胸元に微かに付いた痣。
もし打ち付けたのだとしたら、もっと強く出るらしいのだ。




 気になった……
物凄く気になった。
どうしても見たくなった。
俺は悪いと思いながら、その部分を開けて見た。


「あっ!?」
俺は思わず叫んだ。


「あっーー!?」
俺は驚愕した。
みずほの胸元にあった痣が広がって、人の手のひらの痕になっていたのだ。


「みずほはやはり殺されたんだ!」
俺はみずほの遺体にとりすがった。




 「この痣は……確かに人の手の形だ」


「こりゃあ、殺しの可能性も否定出来ないかも知れないな」


「誰かに突き落とされたのか? でもあの時、確か大勢の人が屋上に集まっていたと言っていたな」


「確か全員が自殺の目撃者だったな……あーあ、こりゃ難航するな」

駆け付けて来た警察官等はそれぞれに発言して頭を抱えた。




 鑑識が胸の痣のサイズを調べている。
周りを見ると、大勢の学校関係者がみずほの胸元に付いた痣を見ていた。
その中には担任もいた。


「なあ磐城。さっき聞いたんだけど、あの痣お前が見つけたんだってな」
俺は頷いた。


「辛いよなー」
先生は泣いていた。


「こんな時になんだけどな……以前会ってた人の旦那さんは、この前心臓病で亡くなったんだ」

先生は何故か遠い目をしていた。


(きっと……あの告白に違いない)
俺は自然に身構えた。



 「俺達は幼なじみで、俺はずっとあの人のことを思っていたんだ。でも仕事先の上司が、強引に……」


「でもセンセ。浮気にはちげーねえよ」
俺はワザとタメ口で言った。


「解ってるよ」
先生が俺の肩を叩く。
形は違うが、恋人同士が引き裂かれた。
先生も辛い人生を歩んで来たのだった。


「でもセンセ。親子と言うより、兄弟だね」


「後妻なんだ。家政婦代わりだったようだ」

先生は辛そうに言った。




 「何か凄いね」


「偶然学校で再会した時は見る影もなかった。まるで別人だった」

先生はそう言いながら、胸ポケットから携帯を取り出した。
幸せそうに笑う女性に、ラブホで会った女性の面影はなかった。


「これがあるばっかりにスマホに変えられないんだ。未練がましいかな? 言い訳じゃないけど、放っておけなくて……」

先生は泣いていた。
きっとこの事件のきっかけになった同級生のお父さんが、この人の旦那さんではないかと思った。


あのラブホで遭ったグレーのスーツの女性……
父兄会や行事で見掛けただけの人なので、誰の母親かとは知らなかったけど……


(そうか……あの人が有美の新しい母親だったのか。そう言えばみずほに聞いたことがあった。『今度の有美お母様は、若くて凄く働き者で良い人なんだってさ』確かそんなこと言っていた)


やはり若かった。
まさか、先生が昔本気で愛した恋人だったなんて……
今も先生は、きっとその別れさせられた恋人を思い続けている。
俺は何時しか、叔父と先生を重ね合わせていた。




 みずほのお母さんはアルバムを持っていた。
訪れた人達に、みずほを感じて貰いたかったのだ。


何時までも忘れないでいてほしいとの意味を込めて。


「みずほお姉ちゃん死んじゃったの?」

アルバムを見ながら、運動会の日にトイレにいた女の子が言っていた。
俺は思わずその子を見つめた。


「君は今お姉ちゃんと言ったね?」


「うん。みずほお姉ちゃんイトコなの」


(あ、そうか……だからあんなに面倒見が良かったのか)

俺は不謹慎だけど何だか笑いたくなった。


俺はあの日、優しいみずほに恋をした。
そのきっかけになった女の子が、みずほのイトコだったとは。




 通夜の準備が静かに進んで行く。
紙の六文銭と白装束。
この世からの決別するための旅支度がみずほを飾る。


納棺師が死化粧をしようとしていた。
俺はコンパクトをその人に託した。


コンパクトを開けた時、あの文字に息を詰まらせたようだ。
暫くそのままでいた納棺師に、俺は首を振った。


「御両親は何も知らないんです。だからそのままみずほを……」

俺があまりにも辛そうだったからかなのか、納棺師は頷いてくれた。


そう……
せめて最期くらいは俺の贈ったコンパクトで化粧してやりたかった。


(みずほ愛してる!!)

俺はあの日言えなかった想いを伝えたくては、みずほを見つめ続けた。




 気が付くと、お祖母ちゃんが俺の手を握り締めていた。


俺の恋人として、みずほを初めて紹介したのはお祖母ちゃんだった。
お祖母ちゃんは、俺が好きなのは小さい時から何時も一緒にいた千穂だと思っていたいたようだ。


でもみずほの優しさを目の当たりにして、安心したように俺に言った。『これで、思い残す事はなくなったわ』と――。

でも俺は、もっともっと長生きしてほしいと思っていた。




 「みずほちゃん綺麗ね」

アルバムを見てお祖母ちゃんが言った。


小さなみずほはお花畑の中で微笑んでいた。
大きなみずほは俺の隣で微笑んでいた。
その屈託のない笑顔はもう見られない。
急に胸が締め付けられる。俺は再び悲しみの中にいた。


「あっ!」
突然お祖母ちゃんが変な声を出した。


「この子よ。トイレに居た子は」

俺はその言葉が、みずほのイトコの女の子に向けられたんだ思った。


「あっトイレのことはなし、傷付くと思うから」
俺はそっとお祖母ちゃんに耳打ちをした。


「そうか、やっぱり気付いていたのね」

お祖母ちゃんはアルバムをめくって、子供の時の写真ページを開いた。


「あんなに追い掛けていたんじゃ当たり前か?」
お祖母ちゃんがポツリと言った。
俺には何のことだか解らなかった。


「お祖母ちゃんさっきから何言ってるの?」

俺は思いっきって聞いてみた。
するとお祖母ちゃんは俺に、アルバムにある一枚の写真を示した。


「この写真よ。私は覚えがある」

お祖母ちゃんはそう言いながら、俺に意外な話を始めた。




 トイレに居た女の子とは、みずほのことだった。
俺がオムツを着けるきっかけになったデパートのトイレ事件。
女の人が頭から血を流していると言った俺。
でも実際は可愛い女の子だった……『この子は、あの時トイレに居た子よ』お祖母ちゃんはそう言った。


(そう言えば確か……お祖母ちゃんには見えていなかったんだっけな)

お祖母ちゃん言っていた。
其処に居たのは、可愛らしい女の子だったと。
俺はだんだん思い出していた。


だとしたら……
あの女の人は……
みずほが頭から血を流して死ぬ。
そのことを俺に見せていたのだろうか?


その暗示を俺は無視していたのだろうか?
もしそうだとしたら、みずほを死に追いやったのは自分かもしれない。


俺はみずほに許しをこうていた。
あまりにも未熟な霊感のために、みずほを追い詰めてしまったことを。




 白々と朝が開ける。
みずほの通夜も開けてくる。
それはみずほとの永遠の別れの日になることを意味していた。


線香番をかって出た俺。
自己満足かも知れないけど、少しでも傍にいてやりたかったんだ。今の線香は丸くて蚊取線香かと思うような作りだ。だから昔とは違い線香番は要らないそうだ。
でもそれじゃ俺の気が済まなかったのだ。


俺は未だに泣けてない。心は悲鳴を上げているのに……




 朝が好きだった。
何も考えずに思いっきりサッカーに打ち込めるからだ。


でもそれはたてまえ。
本当はみずほに会えるからだ。
示し合わせて、愛の時間を堪能するのだ。


『オハヨー』
『好きだよ』
『アイシテル』
なんて言いあって……


でもあの日は言えなかった。凄く凄く言いたかったのに……。
みずほは何時も赤い糸を持っていて、サッカーグランドの見える木に結び付けるんだ。『サッカーが上達しますように』そう言いながら……
『はい、私のおまじない効くのよ』みずほはその後でその糸を俺のスパイクの中に入れるんだ。




 でも今日の夜明けは嫌いだ。
みずほの告別式が待っているから……


みずほの最期を俺は知らない。
きっと苦しかっただろう。
虚しかっただろう。
あれこれと想像する。
それでも、涙は溢れ出ない。


俺は又、泣くための卑怯な手段を取ろうとしていた。
思い付く限りの悲しみことを考えるんだ。
こうなりゃみずほ絡みで無くてもいい。
俺は其処まで追い詰められていた。



 何処かで携帯電話が鳴っていた。
その音で振り返ると叔父がバツの悪そうな顔をして立っていた。


「ごめん。脅かすつもりは無かったんだ」

叔父はそう言いながら携帯をポケットから取り出した。


「目覚ましだよ。電源切るの忘れてた」

叔父は作り笑いを浮かべながら、ふいに俺の頭を胸に押し付けた。


「瑞穂、悲しい時は思いっきり泣け」

優しさのつもりなのか?
でも泣けない俺には今の言葉はショックだった。


「ごめん叔父さん、俺泣けないんだ。何だか解らないけど涙が出て来ないんだ。悲しいんだよ。辛いんだよ。でもダメなんだ」

俺は誰にも言えないことを打ち明けた。
それほど叔父を信頼していたのだ。


「ごめん瑞穂。余計なこと言ってしまった。そう言えば、俺も泣けなかったな。あまりにも突然で……、何をすることも出来なかった。俺もあの時泣けなかったんだ」

叔父の腕に力がこもる。
俺は叔父の胸に顔を着けて泣く実験をしようとしていたのだった。
それでも……
俺の頬には何もつたわってはこなかった。




 やがて、告別式の時間となる。
俺は一般席みずほの旅立ちを見守っていた。

いくら結婚を許された恋人でも、家族席なんかに座れない。


でもみずほは、永遠に俺の花嫁だ。


(俺は一生、お前だけを愛する)

心の中で誓った。




 読経の音と木魚の音。
斎場内にあるホールに広がる。
そこかしこですすり泣きの音が聞こえる。
俺は又ハッとした。


(何でだ? 何で泣けないんだ?)
みずほの遺影を見ながらポケットを探り、そっとハンカチを取り出した。


(こうなりゃ泣き真似だけでも……)
浅はかな俺は泣いている振りをして、その場をしのごうとしたのだった。


自分が後ろめたいことをしているからなのか?
どうしても泣いている人が気になる。
俺は目だけ動かして、顔をくしゃくしゃにして泣いてる懐かしい奴を羨ましく見ていた。


ソイツは木暮悠哉(こぐれゆうや)と言って、俺の中学時代の親友だった。
サッカー部のエースになると言う、同じ夢を見ていた仲間だった。
彼も俺同様に身長が低かったが、パワーだけは超一流だったんだ。


(そうか、アイツの兄貴確か変な死に方したんだったな。だからあんな風に泣けるのか?)

俺はその時、妙に納得していた。
アイツの傷みも知らないで……




 最後の別れに柩の中に花を入れる。
俺は別れを惜しむ振りをして、隠し持った赤い糸をみずほの指先に結んだ。
それはさっきまで俺の小指に結ばれていた。
二人は運命の赤い糸で繋がれている。
そう語りかけながら……


俺の分はサッカースパイクの数だけ置いてきた。
みずほの愛に報いるために、何時もそれを履くことを御霊に誓った。


(みずほ、向こうで俺がいくまでまっていてくれるか?)
俺はポケットに入れておいた赤い糸を触りながら心でメッセージを送った。




 幾ら花で飾られても柩の中のみずほが痛々しい。
今にも起き上がってきて何か言いたそうだった。
いや……
それは願望だった。


『瑞穂……まだ私は死んでなんかいないよ』

せめてそう言ってほしかった。
でも身動き一つしないみずほ。


俺はそんなことばかり想像していた。
ただ、みずほの死を受け入れたくなかっただけなのかもしれない。


俺はみずほの見える小窓越しに唇を近付けた。
遺体に取りすがり、キスの雨を降らしたかった。
でも釘付けされた柩はもう二度と開くことが出来ないのだ。
虚しさだけが心の隅々まで広がっていった。




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