不完全な完全犯罪ZERO
女装探偵始動
 カフェに戻ると、松尾有美は不自然な格好をしていた。


俺は暫く有美の行動を観察した。
でも、それが何を意味しているのか判らない。
物陰に隠れてボックス席を監視しているみたいだった。


(一体、何を見ているんだ?)
物凄く興味が沸いた。
だから俺も隠れて中を覗いてみた。
でもこれと言って変わった様子は見受けられなかった。


(誰か居るのかな?)
俺はその人物を知りたくなった。




 俺はそっと有美の肩を叩いた。
その途端、驚いたように俺を見た。


「ん!? もうー、びっくりさせないでよ!」

有美の声に驚いて、俺は思わず後退りをした。


「ごめん」


「ごめんじゃないの」

有美は跳ね上がった肩を少しずつ下ろし、胸の辺りを手で押さえていた。


俺が余りに早かったからすっかり油断していたらしい、声が裏がえっていた。


「もうー、気付かれちゃうじゃない」

やっと落ち着いたのか、今度は俺を叱り始めた。


「気付かれるって、誰に?」


「ホラ、あの二人」

有美は今まで見ていただろう、ボックス席を指差した。


「脅かしてごめん」
再び謝りながらその指の先に目をやった。


「そんなことよりあの二人よ。何かおかしと思うんだけど」

松尾有美が目で合図した席には、例の二人がいた。


屋上の慰霊祭に参加していなかった町田百合子と福田千穂だった。


(屋上に来ないでこんなトコに居たのか?)

みずほの死が軽く扱われているようで、怒りと言うより情けなかった。




 「ねえ磐城君。女装探偵なんでしょう? あの二人探らない?」


(えっ!?)
俺はそれを聞いた途端にフリーズした。


「みずほ……自殺じゃなかったのよね?」

そう言いながら、有美はスマホのメールを表示させた。


――岩城みずほが学校の屋上から飛び降り自殺したらしいよ――

それは、俺に送られたのと同一だった。




 「磐城君が女装しているって知っていたわよ。勿論みずほもね」

松尾有美はウインクした。


「えっっっーー!?」
俺は余りにも驚き過ぎて、突拍子もない声を出していた。

慌てて有美が俺の口を手で塞いだ。


(まさか……まさか……そんなーー!!)


俺の慌て振りを見て、有美はしてやったりと言うような表情を浮かべた。

それが又……

何て言おうか、物凄く可愛い。




 「さあ、磐城君の叔父さんの探偵事務所に行って女装よ」

有美の言葉にもっと驚いた。


「バレていたのか?」
俺がしょんぼり言う。


「うん。余りに可愛かったから、後で強請ってやろうとみずほと笑ってた」


(おいおい……)
俺は落ち込んだ。

有美はまるで俺の弱点を探し出そうとするかのようにビッタリ密着した。


(ヤベー。心臓バクバクだよー!)

こんなことは始めてだった。

今俺は、俺を女装探偵だと知ってる女性に腕を組まれている。


俺はみずほに誤りながら、非常事態ツーショットを有美に許していた。


いや……
許さざるを得なかったのだった。




 「本当に磐城君なのか確かめたくて、みずほと後を付けたの。多分この道よね」

有美はそう言いながら、イワキ探偵事務所に続く道を歩き出した。


(やっぱり知っていたんだな……)

俺はしょぼくれながら有美に引き摺られてイワキ探偵事務所の前に立っていた。


俺は仕方なく、イワキ探偵事務所のドアを叩いた。




 「何だ瑞穂か。そう言えばお前、さっき帰ったんじゃなかったのか?」

叔父は俺と有美の訪問に驚いたようだった。
俺は自慢じゃないがみずほ以外の女性を此処に連れて来たことがなかったのだ。


「それにしても珍しい」

叔父は有美を見ながら言った。


当たり前だ。俺だって面食らったんだから……


「ねえ瑞穂の叔父さん。瑞穂の女装をお願い」

でも有美はそんなことはお構いなしで、ズゲズケとしゃしゃり出てお願いのポーズをした。




 「大切に着ろよ」
そう言いながら叔父は、奥さんの形見のワンピースを出してくれた。


「はい、それとスパッツ」


「瑞穂の叔父様古い。それ今レギンスって言うのよ」


「し、知っていたよ」

有美の勢いに叔父もしどろもどろだった。




 俺は奥さんの花嫁道具の一つである三面鏡の前で着替えを始めた。

結婚する前ドレッサーかこれにするか迷ったそうだ。

その頃の流行りはドレッサーだったらしい。
でも場所をとるからと、これに決めたそうだ。

そんな話しを思い出しながら、俺は鏡を見ていた。


だんだん女に変わっていく自分をしょんぼり見ていた。
まさかみずほが何もかもお見通しだったとは。

俺にはどうすることも出来ずに、ただ有美の言いなりになるしかなかった。




 町田百合子と福田千穂はまだ其処に居てくれた。

どうやら二人は真剣に話し合っているようだった。

俺と有美はその背中越しの席に腰を下ろした。


小型録音機のスイッチを入れる。
それと同時にじっと聞き耳を立てる。


有美は鞄の中から手鏡を出した。

化粧する真似をしながら、二人の様子を伺う。


ドキッとした。
みずほのコンパクト越に見ていたウインクを思い出したがら……


(ヤバい。向こうに気付かれる!? 張れたらどうする。俺は女装中なんだ!)


気が気でなかった。


(ちょっとお化粧した程度で校則違反にする学校なんだよ。俺をヒヤヒヤさせないでくれよ)

俺はドキドキしながら二人の様子を確認した。
だけど気付いていないようだったので胸を撫で下ろした。


でも本心では、この二人が事件の関係者でないことを願っていた。




 運ばれてきたコーヒーを飲んで、少しだけ落ち着いてきた時遂に二人が話し始めた。


「ねえ、次に死ぬのは誰にする?」
福田千穂だった。
俺は自分の耳を疑った。


「だって三連続なんでしょう? 誰かが続かなきゃ意味無いと思うのよ」
千穂はさも当たり前のように言った。


(まさか……)
そう思った。
俺達は幼なじみで、保育園でもオモチャを取り合いする位仲良しだったのだ。




 (やっぱり……)

そう思った瞬間、俺の頬を熱い物が零れた。


(あ……俺泣いてる……)

慌てて指先でその事実を確認した。


みずほが死んでから、今まで泣けなかった。

だから余計に情けなかったのだ。


訳が解らず……
悩んでいた。

何故泣けないのか?
本当にみずほを愛していたのか?

そう思い、苦しんでいた。


でも……
やっと涙が出たら、今度は止まらない……

俺はもう、お手上げ状態だった。


(でも何故だろう? どうして此処で、このタイミングで泣くのだろう? 俺にとって福田千穂はそんなにも大きな存在だったのだろうか?)




 「そうね。やはり磐城瑞穂君かな?」
飄々と町田百合子が言う。


「イヤよ。だったらキューピット様に岩城みずほを殺して貰った意味がないもの」

千穂は興奮しているのか、声のトーン違った。


(今確かに、キューピッド様に岩城みずほを殺して貰った意味がないと言った。やはりこの二人がみずほを殺したのか? 俺は……知らなかった……千穂が俺に恋をしていたなんて。本当に知らなかったんだ!!)




 福田千穂。
保育園時代、何時も一緒だった。


いや、多分そのずっと前から……

俺と千穂は遊んでいた。


お祖母ちゃんに送ってもらう時も、帰る時も。


千穂の両親は俺の母と同じ職場だった。
だから帰って来るまで……


そうだよ。
保育園に行く前から、俺達はずっと一緒だったんだ。


決して言い訳じゃない。

だから尚更気が付かなかったんだ。




 やはり二人が仕組んだことだった。
でも二人は、自分達が殺したとは思っていなかったようだ。


(キューピット様か……あれっ!? 俺がコンパクトに見た圧倒的威圧感。あれがキューピット様か。だとしたら、太刀打ち出来ない!)


三連続で誰かが死ぬ……

その最後の一人を助けられない!


俺は……
余りにも未熟者だった。




 女装までして松尾有美と始めた犯人探し。
それがこんな結果をもたらせることになるなんて……
俺は改めて力不足を感じていた。


でも、此処から離れる訳にはいかない。
たとえどんな結果が待っていようが、最後まで聞かなければいかないと判断した。




 「そうね、それだったら、誰が良いの?」
町田百合子が殺してほしい人を催促した。


「うーん、そうだなー。磐城君以外なら誰でもいいわ」


「だったら、最初に戻そうか?」


(えっ、最初? 最初って何だ?)


「最初?」

千穂も俺と同じ反応だった。




 俺は何が何だか判らずに聞き耳を立てた。


「そうよ。始まりは有美の親父じやない? だから今度は松尾有美。後追い自殺なら誰も傷付かないから」


(えっ!? そんな……)

恐る恐る有美を見る。
有美も判断が着かないようだった。


(当たり前だ。次に命を狙われる人物名として取り上げられたのだからな)


「あっ、それがいい。物凄くいいアイデア」

暫く考えてから千穂が言った。


「そうよね。松尾有美だったらきっとみんな大喜びするはずよ。だってあの子サッカー部のエースの彼女じゃない?」

悪びれた様子もなく、千穂は平然と言い放った。




 「そう。ライバル何て始末した方がいいのよ」
百合子が言う。


「みんな喜ぶものね」
千穂はご機嫌だった。


俺は愕然とした。
千穂の発言は有美の死だけではなく、みずほの死さえも喜んでいるようにしか聞こえなかったからだ。


(千穂、そんなにみずほの死が嬉しいのか?)
俺は恐ろしくなった。



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