不完全な完全犯罪ZERO
舞姫伝説
 「その前に一仕事だ。猫探しを頼まれた」
それが叔父にパンフレットを見せて、この街まで連れて行ってくれるようにと頼んだ結果だった。


「背に腹は変えられないだろう?」
叔父は平然と言った。


「猫って時間が経てば経つほど捜せなくなるんだ」


「そんなのは当たり前じゃないか」


「でもそんな状態になってからの依頼も良くあるんだ。だから大変なんだよ」


「猫の顔写真だけで見つけ出すのは至難の技だ。だから飼い主からの特徴などの情報と良く見比べて確保しなければならない。それ以外の動物だったら盗まれたとして訴えられることだろうから」


「基本的に飼い猫が家を飛び出した場合、何かに追われてない限り近くに居るのが原則なんだ」


「へぇーそうなんだ」


「だから、二人とも手伝ってくれないか?」


「解ったよ。しょうがないな全く……」
木暮は本当はいやいやらしい。
以前手伝ってくれたのは、遊び半分だったこともあったのだ。




 「まずは腰を屈めて、草むらやベンチの下なども隈無く見る。どんな小さな隙間も見逃さない。それが迷子のペット探しの鉄則だ」
叔父は木暮に指導していた。
俺は慣れているからいいけど、木暮は初めてなのだ。
膝を付いて覗き込む姿は恋人には見せたくはないだろう。
木暮に彼女が居ないことは解ってはいたけど……




 そんな努力の甲斐もあって、何とか仕事はこなせた。
叔父の睨み通りに猫は比較的近所にいたのだ。


「こんなのでお金をいたんだいちゃなんだか、気が引けるな」


「それでも、列記とした仕事なんだからな。堂々と戴けばいいんだよ」
叔父はあっさり言う。でも、木暮は戸惑っているようだった。


「ま、一種のタイミングだな。だから気にするな」


「見つけ難い時もあるんだ。それでも叔父さんは一生懸命に探してくれる」


「依頼主にとって、迷子になっているのはペットではなく家族なんだ。だから一刻も早く見つけてやりたいんだ」
それが俺達の依頼より仕事を優先させた訳だった。


『背に腹は変えられない』って言い訳をしながら、俺達に謝ってくれたのだ。



 国道を暫く走るとその街は見えて来た。
俺達はパンフレットにあった舞姫の墓の近くに車を止めた。
その墓に詣でることは事前に寺の住職に許可を貰っておいた。
でも、本当の理由は打ち明けてはいなかった。


俺は住職にパンフレットを見せて、この子が未だにさ迷っていることを告げた。
住職は驚きを隠せないようだった。
無理もない。
この街全体で大切に守られてきた舞姫なのに、その子供が此処まで辿り着けていないと知ったからだ。
毎年祈りを捧げての供養は舞姫だけではなく子供の魂も救うためでもあったのだ。




 住職は知り合いの修験者を紹介してくれた。
それは舞姫の子供が、俺達を頼ったと判断したからだった。
だから皆で魂を無事に連れて来られるように話し合うことにしたのだ。
その結果。叔父の車で海水浴場まで行くことになった。


「まさか修験者の方を電車で連れて行くことは出来ないだろう?」
叔父はそう言ってくれた。




 俺達は舞姫の子供らしい魂がさ迷っている海岸に修験者を案内した。
修験者は早速祈祷を開始した。
修験者が一体どんな物を使って魂を導くのか判らない。
けれど、海岸から気配が消えているのは感じた。


(流石だな。俺とは比べ物にならないな)
そう、俺はただ震えているだけだったのだ。


修験者は徒歩で子供の母親の墓を目指すと言い出した。
それが一番良い方法らしいのだ。
母親も歩いて恋人の後を追ったのだ。
その道中の途中で、将軍の放った刺客に襲われて恋人が亡くなったことを知ったのだ。


失意の内に臨終の地となる利根川沿いの街まで辿り着いた舞姫だったのだ。



 修験者がどの道を行くのか判断出来ないけど託すしか道はなかった。
それでも一応地図で確認するこてにした。


東海道本線は半島には行かないけど、修験者は其処も行くと言う。
まずは海の旅なのだ。
海岸に埋めら殺されれた子供の霊が癒されるのには長い時間がかかるとのことだった。
だから敢えて辛い道を選んだのだ。
その間托鉢をしながら自分の修業をするという修験者。
思わず頭が垂れた。
その旅を共にしたいとは思ってはいたが、俺はまだ高校生だ。
いくら夏休みだと言っても、学業を疎かには出来ない。
なんて格好付けたけど、本当は叔父の手伝いと部活のためなんだ。
だって俺はサッカー部のエースになりたいんだ。
そのために合宿にも参加しなければならない。
それでも心はあの乳飲み子の霊と一緒に居ようと思う。
きっとあの砂浜に埋められようとした時に助けだされたのだ。
でも魂は、産んでくれた母親を求めてさ迷い続けているのだと思った。
それを癒すのは並大抵のことではない。
だから俺も覚悟を決めた。
俺の一番の宝物を修験者に渡そうと思っていた。
それは俺の恋人が遺してくれた物だった。




 俺は恋人を同級生の企みによって自殺に見せ掛けられて殺害されていた。
それは俺が叔父の探偵事務所での初アルバイト代で買ったコンパクトに《死ね》と書かれていたことで発覚した。
俺はそのコンパクトを恋人が倒れていた傍の茂みの中から発見したのだ。


俺は昔から虫の知らせと言われる物と出くわしていた。
所謂。直感、やま感、第六感だった。
そう……それに霊感。
だから、このコンパクトだって見つけ出すことが出来たのだった。


俺はこっそり、コンパクトをポケットに隠した。
《死ね》それから感じるものは完全たる悪意だった。
俺はただ恋人の名誉を守りたかったのだ。
俺がヤキモキを焼くくらい誰にでも優しかったのに、そんな彼女に恨みを抱いている人が居る。
その事実を、皆に知られなくなかった。
奇しくも叔父さんと同じ傷みを背負わされた俺だった。
だから俺達は叔父甥の関係以上に結び付いているのだ。



 修験者はコンパクトに書かれた文字で俺があじわった地獄を垣間見たようだ。
修験者は俺の意図を汲んで、舞姫の命日までには何が何でも辿り着くと言ってくれた。


修験者の読経が浜辺に響き渡る。
心なしか、海岸線にある地蔵菩薩様も微笑んでいるように思えた。


「これでこの海水浴場も安泰か?」
オジサンの言葉に頷きながらも、俺は耳打ちした。


「これからもこの海水浴場を守ってください」
と――。


「きっとオジサンの言ってた通りに、この浜辺に埋められた産まれたばかり赤子は助け出されたのだと思います。でも魂は此処に残って、母親を求めていたのだと感じました」


「アンタの霊感がか?」
その言葉に俺は頷いた。


「この修験者の方に全てを託しました。けれども何時又戻って来るか解りません。だから何時でも迎えてあげてください」
俺のヒソヒソ声はきっと修験者の耳にも達していることだろう。
それでも読経を止めない修験者に向かって深く頭を垂れて、合掌した。




 修験者は地蔵菩薩像に挨拶した後、浜辺を立たれて行った。
その後で、例のパンフレットをオジサンに見せた。
そのあまりにも悲惨な現実を見せられて、思わず目頭に手をもっていった。


赤子を殺しに来た人に、抱き抱えたままで伏し泣き叫んだ舞姫から奪い手渡したのは母だったからだ。
パンフレットでは祖母となっていて気付かなかったけど、その方は紛れもなく舞姫の母だと書かれていた人物だったのだ。


オジサンもその砂浜で泣き伏した。




 俺達は海の家開設百周年の現場にいた。
明治時代に開業した海水浴場は駅から近いと立地も相まってかなり賑やかだった。
そんな中俺は海岸線に目をやった。
コンパクトを修験者に託したからか? 霊感と言う鳥肌に被われることは無くなった。
それでもあの地蔵菩薩の顔が安らいでいるように思われた。


「口奄訶訶訶尾娑摩曳娑婆訶」


「オンカカカビサンマエイソワカ?」
俺の口から不意に出た言葉に木暮が反応した。


「地蔵菩薩様の真言だ。阿謨伽尾盧左曩摩訶母捺鉢納入鉢韈野吽。此方は光明真言だ」


「オンアボキャベイロウ何とかって言われても、訳が解らない」
木暮は盛んに頭を捻っていた。


「オンアボキャベイロウシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウンだよ」


「霊感のある人は流石に違う」
オジサンは盛んに俺を誉めていた。
俺はその後で、地蔵菩薩真言をオジサンに教えた。
この真言でこの浜を守ってほしいと思ったからだった。


「そうだこれで木暮の兄貴の奥さんも救えるかも知れない。その二つの真言で……」


「兄貴の奥さんって、マイさんだったな? 確か流産したって聞いているけど……」


「そうだよ。でも瑞穂本当なのか?」


「あぁ、本当らしい。地蔵菩薩真言と光明真言は、水子をも救い出せる力を持っているみたいだ」


「本当に本当なら教えてやってほしい。でも何でだ何で今頃? 知っていたなら、もっと早く言ってほしかったよ」
木暮の目に怒りマークが点灯しかねない状況を察し、箇条書きにして渡すことにした。


用意する物。
蝋燭、線香、炊いたお米、水、髪の毛一本、段ボール、半紙、墨と硯、筆。


まず胎児の名前を決める。
胎児だって人なのだ。
男女どちらでも通じる名前がいいそうだ。


半紙に名前を書き、段ボールの間に髪の毛を挟みご飯を糊にしてくっつける。
三十六日間、毎日朝早くから光明真言と地蔵菩薩真言を唱える。
そして最後の日にその名前が記された半紙をお寺に奉納するのだ。
それで本当に水子の霊が慰められるか定かではないけど、木暮の兄貴の奥さんの心が少し晴れることを期待していた。
でもその光明真言と地蔵菩薩真言には続きがある。
賽の河原から救い出した後で、自分の子供として胎内に新たな命として甦らせるのだ。
二つの命を一つとして育てることが出来るわけだ。
それでも流産の過去が消え去るわけではない。やはり水子の霊として敬ってほしいそうだ。


叔父と木暮と俺、それぞれの家族や恋人を殺されたバディでもあったのだ。
いや、まだそれは早い。
まだ木暮は迷子の子猫探ししか手伝っていなかったのだ。




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