不完全な完全犯罪ZERO
二つの慰霊祭
 八月十六日。
何時か約束した星川の灯籠流しに俺達は出発した。
帰りが夜になるので熊谷駅まで又バスに乗った。
木暮と話すことはあまりない。本当は沢山あるのに自然と無口ちになる。だって又亡くなった人の話題になるからだ。
みずほと木暮の兄貴と叔母さんの送り火も兼ねていたのに、敢えて口に出さずにいたのだ。
俺は何時もの癖でポケットに手をもっていく。
それはみずほのコンパクトの位置を確かめるためだった。
その度修験者に託したことを思い出し、舞姫の遺児の魂が一緒に利根川を目指してくれていることを祈っていた。



 無事に熊谷駅に着いた俺は急いで星川へと続く道を目指そうとした。でも木暮は何故か駅の中へ歩いて行く。


「木暮、何してるんだ。星川はそっちじゃないよ」
でも木暮は俺の言葉を無視した。仕方なく後を追うと木暮は階段の前で足を止めた。
其処で俺が見たのは、階段に描かれた絵だった。


「凄い!」
思わず言っていた。熊谷には何時も来ているのに知らなかった。熊谷が暑さ日本一になったことは記憶に新しい。そんな現実を受け止め、熱いぞ熊谷をスローガンにした。
それでも涼しくなるように工夫していたのだ。それがこれだ。
きっと目から冷却させるつもりなのだ。そう感じた。
俺は其処に導いてくれた木暮に感謝しながら、星川に向かった。





 其処には既に浅見孝一さんの捜索依頼を出した男性もいた。
俺は遅れたことを詫びつつ、男性に近付いて行った。


「浅見孝一さんですが、残念なことにお亡くなりになっておられました。新婦の八重子さんもだそうです」


「えっ、お二人共?」


「孝一さんはボロボロになって自宅にたどり着いたそうです。実は孝一さんは天皇陛下のラジオ放送を玉砕の契りだと勘違いしたようです」


「判ります。熊谷の空襲を目の当たりにしたのですから……」
男性は目に涙を貯めていた。


「久さんの奥様の親戚の方に話を聞いてきました。自宅にたどり着いた時は玉音放送後で、孝一さんは奥様のいる金昌寺へ向かい息絶えたそうです。その姿を見た奥様は階段から転げ落ち流産してしまい、孝一さんの後を追うように亡くなったそうです」


「私がたどり着いた時、荒川では住処を焼け出された人達がまんじりともしない夜を過ごしていた。私は其処に止まっていたけど、孝一さんは故郷を目指していたのですね?」


「きっとそうだと思います。久さんが辿ったと思われる荒川を孝一さんは遡って行ったようです」


「熊谷には、誠しやかに語られて来た事があってね」


「ああ、それは、いつか報復されるのではないかと言う恐怖の噂ですね? 特攻隊への敵討ち。それが噂の出元でしたね」


「熊谷には訓練基地があったそうですから……」
俺は又いい加減なことを言った。


「イヤそれだけではないよ。アメリカは飛行機の部品工場が熊谷にあると信じていたんだ」


「そうだったんか?」


「『やっぱり来たか」って誰かが言ったら『空襲なんて来てほしくなかった』って言って子供が泣いていました」


「予想していたこととはいえ、熊谷の空襲を目の当たりにして、みんな動揺していたのですね」


「孝一さんには親友がいらしたそうです。その人はガクトシュツジンで戦地に向かう準備をしていたのですが、特攻隊に志願してお亡くなりになったそうです」


「そうですか。だから、神風になりたいって言ってらしたのかな? 日本には神話とでも言うべき神風伝説が色濃くありましたから」


「そう言えば、孝一さんのご近所に住んでいたお子様のことを聞きました。八重子さんが届けた李にあたり、大腸カタルでお亡くなりになったそうです。八重子さんは氷屋を必死に探し回りましたが、結局なかったそうです」


「そんな時代にも氷屋ってあったんだ」
木暮が俺の疑問を代弁するかのように言った。


「普通にあったらしいよ。その夜、そのお子様が死ぬ間際に『日本には神風が吹くから絶対に勝つ』と言ったそうです。そのお子様はまだ二歳だったとか……それ程までに神風神話は浸透していたのですね」
叔父の言葉は其処に居た全員を感動させていた。


「ねぇ、叔父さん。さっき言ってたガクトシュツジンって何?」


「ガクトは学生のことだよ。学生の学と生徒の徒で学徒だ」


「終戦の約二年前の十月半ばに、明治神宮前にあった国立競技場で出陣学徒壮行会と言うのがあって……」


「その頃に国立競技場ってあったのですか?」


「あっても不思議じゃない。幻の東京オリンピックってのがあったことは瑞穂も聞いているだろう?」


「あぁ確か、第二次世界大戦で無くなったって言うやつ? そうだよね。今は幻って言われていても、その当時は行われる予定だったのだから。そう言えば新国立競技場を見学に行った時、秩父の宮ラグビー場の近くに出陣学徒壮行会記念の碑ってあった気がする」


「実は私も見学に行って来ましたが、見損なっていました。私が見送りに行った時、ラグビー場があったかどうかも曖昧ですが、オリンピックが開催されたら行ってみます。その頃学生は優遇されていたんだ。二十歳になっても兵役は免除されていたからね」


「学徒出陣ってのは当時のマスコミが作り上げた造語だったと聞きましたが?」


「その通りです。その日は強い雨が降っていました。その中を銃剣を担いで行進していました。でも何だか学生だけを特別視しているようで、学徒出陣って言葉、私は嫌いです。私は徴兵検査を経て入隊しました。二十歳になれば皆そうなのですから」
男性は大きくため息をついた。


「セイラもとより生還をキセズ? だったかな? 我々は生きて帰らないって意味らしい。壮行会で学生の代表が宣言していたから、孝一さんもきっと聞いていたのでしょう。だから死ぬつもりで故郷を目指したのかな?」


「戦争を知らない俺のようなワカゾウが言える立場じゃないけど、孝一さんや八重子さんも犠牲者だったのかも知れませんね」
俺は又いい加減なことを言いながらも男性が言ったセイラが気になり、検索してみることにした。
『生等もとより生還を期せず』は壮行会の時の答辞のようだ。
『生等いまや見敵必殺の銃剣をひっさげ、積年忍苦の精進研鑚をあげて、ことごとくこの栄誉ある重任に捧げ、挺身をもって頑敵を撃滅せん、生等もとより生還期せず』とあった。
本当はもっとあったらしいが、何だか難しそうなので検索を止めたのだ。
生等は我々と言う意味らしい。
つまり、我々は一旦戦場へ行った後は生きて帰って来ないと言っているのだ。
平和な時代に生かされた俺には到底言える言葉ではなかったのだ。




 「それより、灯篭流しが始まるから並ぼうよ」
抜群のタイミングで木暮が言った。もしかした又暴走していたかも知れないからだ。
でも俺はもっと聞きたく、知りたくなっていた。星川だけじゃない、あの第二次世界大戦で犠牲になった方々の魂の存在を……




 星川の幾つかの石を集めて平らにしたような飛び石の渡し場から、其々の想いを込めた灯篭が流される。
俺はみずほを、木暮は兄貴の霊を慰めるためにそれを流した。
本来の目的とは違うと思う。
だけど二人共それをやらないと進まなかったんだ。


「兄貴の事件も解決したらいいな」
俺は木暮を慰めるようとしていた。




 「それはそうと、今頃修験者は江戸川に入ったかな?」


「舞姫の供養までは約一ヶ月後か? そろそろだな」


「コンパクトが無いから大変じゃない?」
木暮は俺を気遣ってくれていた。


「みずほのコンパクトが俺の霊感を呼び覚ましてくれた。でも今は修験者が持っていてくれる。みずほの霊も安心していられるんしゃないかな?」


「ん!?」


「みずほは今まで俺の霊感に振り回されてきたからな。実は俺が最初に霊を見た時、其処に居たのはみずほみたいなんだ」


「何の話だ?」


「みずほの通夜の日、気が付くとお祖母ちゃんが俺の手を握り締めていたんだ。俺の恋人として、みずほを初めて紹介したのはお祖母ちゃんだったからね。お祖母ちゃんは、俺が好きなのは小さい時から何時も一緒にいた千穂だと思っていたいたようだ」


「やはり、だね。実は俺もそう思っていた」


「でもみずほの優しさを目の当たりにして、安心したように俺に言ったんだ。『これで、思い残す事はなくなったわ』と――」


「おいおい。瑞穂のばっちゃん、まだピンピンしているぞ」
木暮は笑いながら言った。


「そ、そうだね」
俺も笑い出したが、気を取り戻した。


「でも俺は、もっともっと長生きしてほしいと思っていたら、『みずほちゃん綺麗ね』ってアルバムを見てお祖母ちゃんが言ったんだ」
俺はあの日の出来事を木暮に語り始めていた。


「小さなみずほはお花畑の中で微笑んでいた。大きなみずほは俺の隣で微笑んでいた。その屈託のない笑顔はもう見られない。と思ったら急に胸が締め付けられて、俺は再び悲しみの中にいたんだ。その時、『あっ!』って突然お祖母ちゃんが変な声を出した」


「ばっちゃん、何か思い出したか?」


「うん。『この子よ。トイレに居た子は』って言った俺は俺はその言葉が、みずほのイトコの女の子に向けられたんだ思った。実はみずほのイトコは運動会の日にお漏らししてしまって、みずほからズボンを借りたんだ」


「そうか。だからリレーの時みずほブルマだったんか?」


「そうだよ。だから『あっトイレのことはなし、傷付くと思うから』って言ったんだ」


「みずほもだけど、お前も優しいな」



「でもお祖母ちゃんは『そうか、やっぱり気付いていたのね』って言った。お祖母ちゃんはアルバムをめくって、子供の時の写真ページを開きながら『あんなに追い掛けていたんじゃ当たり前か?』ってお祖母ちゃんがポツリと言ったのに俺には何のことだか解らなかった」
俺は木暮におれが一番気にしていることを話そうとしていた。一瞬躊躇ったけど……


「だから『お祖母ちゃんさっきから何言ってるの?』って聞いてみた。するとお祖母ちゃんは俺に、アルバムにある一枚の写真を示した。『この写真よ。私は覚えがある』お祖母ちゃんはそう言いながら、俺に意外な話を始めたんだ。トイレに居た女の子とは、みずほのことだった。俺が再びオムツを着けるきっかけになった」


「そう言えば瑞穂、保育園の時オムツを着けていたね」
木暮は思い出したように広角を上げていた。


「仕方なかったんだ。あのデパートでのトイレ事件の後だもの。『女の人が頭から血を流している』と言った俺。でも実際は可愛い女の子だった……『この子は、あの時トイレに居た子よ』お祖母ちゃんはそう言った」


(そう言えば確か……お祖母ちゃんには見えていなかったんだっけな)
俺はあの時のことを又思い浮かべていた。


「お祖母ちゃん言っていた。『其処に居たのは、可愛らしい女の子だった』と。俺はだんだん思い出していたんだ。だとしたら……あの女の人は……みずほが頭から血を流して死ぬ。そのことを俺に見せていたのだろうか? と」
そう言った途端に木暮が抱き付いてきた。


「止めろよ、木暮。気色悪い」
それでも木暮はそのままだった。


「その暗示を俺は無視していたのだろうか? もしそうだとしたら、みずほを死に追いやったのは自分かもしれない。俺はみずほに許しをこうていた。あまりにも未熟な霊感のために、みずほを追い詰めてしまったことを……」
俺は本当は木暮の行為が嬉しかった。だけど、物凄く恥ずかしくてならなかったのだ。

 


 星川の灯籠流しから少し経った頃。舞姫の慰霊祭が執り行われることになった。
旧暦ではもう少し後だけど、今は新暦で行われるそうだ。
俺が行田市役所で導かれて頂いてきたパンフレットにも日時は書かれていたので、それを見た木暮のオジサンも出席してくれた。
とは言っても、側から見守る程度だったけどね。




 会場でまず修験者からみずほのコンパクトを渡された。
それを手にした時、俺はみずほの霊も癒されていると感じた。
きっとみずほが舞姫の代わりを勤めたのだと思った。
海岸に埋めらた将軍様の弟の遺児の魂も救われたのだと信じた。
俺はみずほのコンパクトを大切にポケットに仕舞った。




 「琴とは優雅だね」
特設テントのステージでは二台の琴による演奏会を催していた。
でもポスターにあった旧暦の命日辺りにやる時代絵巻祭りは舞姫パレードやアトラクションも豊富だ。
舞姫の霊を慰さめるためなのか、それに乗じて様々な志向で楽しむためなのか解らないけど、修験者が慰霊の一役を担ってくれたのなら嬉しいと思った。


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