氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 一度落ち込みまくった後、それでも綾は仕事は続けようと思った。

 入社以来頑張って来て、周りの人やお客様に役に立っている実感も得られるようになってきたのだ。
 傷つきはしたものの、会社を辞める理由にはならない。
 幸い誰にも知られていないし、彼とのことは無かったことにし、これからは仕事だけをがんばろうではないかと前向きに割り切ろうとした。
 
 しかし、その意地がさらに綾を傷つける事になった。
 
 ある日を境に綾を見る周囲の目が変わった気がした。

 今まで普通に会話をしていた同僚からも何か綾への対応に戸惑っているような態度を取られた。
 訳の分からない居心地の悪さを感じて始めた数日後、会議室に呼び出され上司に告げられた言葉でその理由を知る。
 
 『赤井課長に付きまとうのをやめるように』
 
 綾が一方的に充に憧れ、結婚が決まった事で逆上しストーカーになっているという噂が流れていた。
 しかも上司は赤井本人から綾に忠告するように言われたようだ。
 充としては自分が手を出したものの、愛人にもならないという綾が社内にいるのは都合が悪いと考えたのだろう。
 そして故意に一方的な噂を流したのだ。
 
 もう、否定する気力も無かった。
 
 スマートフォンにはメッセージのやり取りも少しだが残っている。事実無根だと言う事は主張出来たかもしれない。
 でももうそこまでしてこの会社に残ろうとも思わず、程なくして綾は2年近く務めた会社を退職した。
 
(うーん、やっぱり、なかなか酷い仕打ちを受けてるわよねぇ)

 話しながら心の中で大きなため息を付く。
 
「まあ、そんな感じで会社を辞めて、色々と縁が合って今の会社に転職した、という感じです……」

 あんな事をしておいて、また付き合おうなんて、やっぱり赤井はどうかしている。

 一通り話し終わって、ふう、と溜息を付く。
 つい夢中になって話してしまったので綾の話を聞く彼の顔が徐々に難しい顔に変化していくのに気が付かなかった。
 
 愚痴のような話を延々と聞かされ間宮は気を悪くしてはいないだろうかと見ると、案の定、目の前のイケメンの表情は冷たく固まってる。
 
「あ、え、す、すみません。こんな話聞かせちゃって」

「――え?……あぁ、すまない、つい」
 
 どうしようと焦る綾に、間宮は少し慌てたように表情を元に戻し、労わるように言う。
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