氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 昼も中々箱庭に来れないし、来れても短時間で名残惜しそうに帰っていく。
 夜は殆ど城山に自宅まで送って貰っている。お陰で英会話が上達した気がする。
 
 一方通行の恋心でも好きな人と会えないのは寂しい。
 でも、これ以上彼に惹かれる前に距離を取る方が良いのかもしれない。
 パーティが終わったら自分の役目も終わる。
 赤井の接触も無いし、偽恋人もう必要ないとこちらから言おうと思っている。
 
 (いつまでもこの偽の関係を続けて行く訳には行かないもんね……終わらせないと)

「たしか、明日準備に行くんだったよね?」

「あ、そうなんです。2連休なんて、すみません」

 構わないわよ、その位。とるりは笑う。
 
 海斗にパーティの準備をしておきたいので明日午後から空けて欲しいと言われていたのだ。
 るりに申し出たところ、快く、何故か翌日も休みにしてくれていた。
 
 向こうで用意する言っていたパーティ用のドレスの準備もまだなので、その辺の確認をするんだろうと思っている。
 海斗と数日ぶりに会えると思うと、距離を取った方が良いと思ったくせに、楽しみにしてしまっている自分もいて矛盾だらけだ。

「Hello 」
 
 お客様が居ないのを良いことに、つい雑談してしまっていると店にお客様が入ってくる。 

「まあ、いらっしゃいませ」
  
「ラウファル様、いらっしゃいませ」

 綾はるりに続いて笑顔で丁寧に迎え入れる。
 
 店に入って来たのは70代位の外国人男性。
 肌は浅黒く彫りが深い。立派な髭をたたえたアラブ人のような見た目だが、服装は質の良いシャツにジャケットをサラリと羽織ったカジュアルなものだ。
 癖のある黒髪に白髪が混じっている。背は高く背筋がすっと伸びていて、イケている老紳士だ。
 彼の後に続いて付き添いと思われる男性も入ってくる。

 ラウファルと名乗るこの人物は、1ヶ月位前から良く店に来てくれるようになったお客様である。
 英語がそれほど得意でない綾が上達したいと思った切っ掛けを与えてくれたのがこの人物だ。

 彼が初めて来店した時、対応した綾の片言英語が全然通じず、必死になって説明しようとしたのだが、返ってしどろもどろになってしまった。
 るりに手伝ってもらいながら何とか最後まで対応できたが、こんな事ではいけないと思って、家で勉強したり、城山との車中英語教室で上達を目指すようになった。
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