氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
心の奥底
 2日間の休暇を終え、翌日から予定通り綾は出勤した。
 
 表向きはいつものように明るく接客する綾だったが、るりにはカラ元気だというのが伝わっていたようだ。
 明らかに何かあったと察しながらも、あえて聞いてこない彼女に綾は心の中で感謝していた。
 
 海斗からは、スマートフォンに何回か着信があったが、綾は出る事は無く、その後連絡はパッタリと途絶えた。
 城山には、今までありがとうございましたと、今後はもう送らないで大丈夫ですというメッセージを送った。
  立ち聞きしてしまった電話の内容から、翌日から恐らく海外出張に行く事になっていたようだ。彼らはまだ出張中だろう。幸い直接顔を合わす事も無い。
 
 代わりに自宅に彼から宅急便が届いた。

 やや大きめのミカン箱位のものだったが、きっと、あの日ブティックで着替えた時に置いて行った綾の服だろう。でも綾はそれも開ける事が出来ず、部屋の端に置いたままでいた。
 もちろん、こんな事になってしまったのだから、パーティに出席することも無いだろう。
 
(まずいな。完全に、後ろ向きになってる……)
 
 元々、それほど思い悩む性質で無いはずなのに、今回はダメージが思いのほか大きいのかもしれない。滅多な事では減らない食欲も、下降気味だ。でも、時が経つにつれ、いつまでもこんな事ではいけないと思い始めていた。
 前と違って仕事まで失った訳じゃない。と。

 それから数日後の昼休み、綾は昼食を取るためにショッピングモール内を歩いていた。
 
 あれから『箱庭』には行っていない。海斗がいるかどうかも分からないが、いないにしても
 あそこに行くと楽しい思い出ばかりが思い出されそうで辛いのだ。

 そうで無くても、ベリーヒルズには海斗との思い出があり過ぎる。
 オフィスビルを眺めれば屋上のヘリポートや、レストランでの食事を思い出すし、
 ヒルズのビルの中庭的存在になっているガーデンエリアに出向けば、海斗と手を繋いで歩いた事を思い出す。
 その度、彼が綾に向ける笑顔や温もりを思い出してしまうのだ。
 
(……別の店舗に異動させてもらうのもあり、なのかな)
 
 ともかく腹ごしらえだ。おじいちゃんも『食べる事は生きる事だ』と言っていた。
 まずはお腹を一杯にしなければ、と、無理やり自分を奮い立たせる。
  
 ここ数日弁当を作る気にもならず、今日はコンビニにも寄れなかった。
 それなら今日はちょっと奮発して、コーヒーショップのパスタにでもしようかと考えながらショッピングモール内にある広いコンコースを歩いていた時だった。
 
 綾は咄嗟に体を引く。

 広い空間にはしゃいでしまったのだろう、小さな男の子が走って綾の足に向かって来たのだ。
 そのままの勢いでぶつかってしまうと、彼が痛い思いをする。
 
 衝撃を逃がそうと慌てて思い切り体を引きその子を両手で受けようとした、のだが……つんのめって両手を床についてしまった。何故だ。恥ずかし過ぎる。
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