氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 男の子は幸いぶつからずなんの衝撃も受けずにすんだ。綾だけ見た目悲惨な状態だ。
 母親が慌ててやって来て、綾に平謝りする。

 綾は付いた両手を床から離し立ち上がり「大丈夫です、こちらこそ何だかすみません」と謝ってからもう一度しゃがみこむようにして男の子と目線を合わせる。

「――ここ広いし、走りたくなるもんね。でも、お姉ちゃんみたいにビックリしちゃう人もいるし、お母さんとはぐれたらお母さんが困っちゃうから、ゆっくり歩こうね」

 半ベソ気味の男の子に笑って言うと、彼は「お姉ちゃん、ごめんなさい」ときちんと謝ってくれた。
 母親に手を繋がれてその場を後にする男の子と手を振り合いながら、少しほっこりしていると、声を掛けて来た人物がいた。
 
「やれやれ、アーヤは『おっちょこちょい』だな」

「ラウファル様」

「アーヤ、私の事はファル、と」

 笑顔を湛えながらそこにいたのは店に良く来てくれる推定ご隠居セレブのラウファルだ。
 
 めずらしくいつものお付きの男性はおらず一人だ。
 
「――ファル様。今の、見てたんですね?」

「あぁ、ぶつかって来たあの男の子に衝撃を与えまいと全力でかばった結果、ひとりでつんのめって転ぶ姿をね……ファル様でなくてファルでいい」
 
 面白くてしょうがないと言う顔をして笑っている。そしてあだ名の呼び捨てを求めてくる。
 やはり、無様な所を見られてしまったのか。なんとも居たたまれない。

「もう、恥ずかしいんですから、やめてくださいよ――ファルさん、今日は?」
 
 さすがに呼び捨てすることは出来ないのでさん付けにさせもらう。
 
 「あぁ、ちょっと買い物をしていたら喉が渇いたので、コーヒーショップにでも行こうと思ってね。アーヤも一緒にどうだい?」

 ウインクしながら笑っても似合うのは外国人の老紳士だからだろうか。綾もついつられて笑った。
 
「はい。ちょうど私も昼食にしようと思ってたので、ご一緒させてください」

 ふたりがやって来たのはベリーヒルズのショッピングモール1Fにある世界でチェーン店を展開しているコーヒーショップだ。
 昼時だが、運よく窓辺の2人掛けが空いていた。
 
「すまないね。アーヤ、お金を出させてしまった。こういうのを確か『おごり』というんだったか」
「いいえ、良いんですよ。いつもお店でたくさん買って頂いてますから」
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