氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 綾の為に青山の美容室から来た、という男性美容師は……テレビで見たことがあるような気がしたが、見事にヘアメイクを仕上げていくテクニックにそう感じただけだろうか。
 
 キョトンとしている内に全身完璧に仕上げられ、鏡に映ったのは、自分でも見たことの無いような大人の女性だった。自分で自分の事を綺麗だと思えたのは初めてかも知れない。

(……これなら、海斗さんの隣にパートナーとして立っても許されるかな)

 単純だけど、夢を見させて欲しい。今日が最後になるかも知れないのだから。

 だが、53階に降り立った綾は広がる華やかな雰囲気にのまれて足が竦んだ。
 辺りを行き来するのは盛装し、場慣れしたした様子で着飾ったセレブ達だ。

 つい、視線を下げてパールピンクのヒールのつま先を見つめてしまう。
 
(――だめだめ!百聞は一見にしかず、当たって砕けろだ)
 
 何とか自分を奮い立たせて、一歩踏み出したタイミングだった。
 
「……綾?」

 顔を上げると、目の前にタキシード姿の海斗が立っていた。

「かいと、さん」

 何度か妄想したタキシード姿は。妄想よりも何倍も格好よく見えた。

 引き締まった高身長にさらりと纏うジャケット、蝶ネクタイ姿、長い脚。まったく衣装に着られてる感が無い。髪の毛も後ろに軽く撫でつけるように整えてあり本当にハリウッド俳優のようだ。
 ――オスカー像は持っていないけど。
 
 数日会ってないだけなのに、何か月ぶりに会うかのような切ない懐かしさを感じて、胸の鼓動が高まる。
 
(やっぱり、私、こんなにも会いたかったんだな)

 その彼は、信じられないような顔をして、綾を見つめていたが、ハッと気を取り直す。
 
「綾、今日は来てくれて……本当にありがとう。後でゆっくり話をしたい。でも今は、僕を信じて合わせて欲しい」
 
 真剣に告げられる言葉に綾は黙って頷き、差し出された腕に手を掛けた。
  
 ベリーヒルズの開業5周年を記念した本日のパーティは所有者である三笠ホールディングスの主催で催されたものだ。
 
 政財界、芸能界など、錚々たる人々が談笑する中、綾と海斗は連れ立って歩く。
 これほど煌びやかな雰囲気の中でも、彼の存在感は消える事は無く注目を浴び続けていた。
 
 着飾った女性達からの視線を何度も感じ、もしかしたら、パートナーの役目って女除けだったのか……?と後ろ向きな思いがよぎる。
 
 すると急に話掛けて来た人物がいた。
< 57 / 72 >

この作品をシェア

pagetop