氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む

　綾の揺るがない態度に赤井は激高し、声を荒げながら肩に置いた手に力を籠める。
　
「……っ」

　痛みに顔を顰めた時だった。

「やめなさい」

　低く、凛とした声が響く。
　その声の迫力に思わず綾も赤井も声をした方を向く。
　
　そこにはくるぶし丈まであるワンピースのような白い布、頭に布を被り黒い輪を乗せた、いわゆる『アラブの石油王』でイメージするような民族衣装に身を包んだ人物が立っていた。
　周りには何人ものスーツ姿の男性。SPだろうか。
　
　彼の登場で途端に華やいでいた会場の雰囲気が変わり、静まり返った中で全注目を浴びている。
　
「私の大事な友人から手を放しなさい」

　有無を言わさない声色に、驚き固まっていた赤井は操られたように綾の肩から手を外す。
　突然助けに入ってくれたこの人物を綾は知らないはずだ、しかし――
　
「やあ、アーヤ、綺麗だな。砂漠で見上げる星々のどれより今日の君は美しい」

「え……ファル……さん？」

　威厳ある立ち居振る舞いは今までの印象と随分違うが、綾へのしゃべり方と軽いセリフは推定ご隠居セレブのラウファルだ。彼もこのパーティの招待客だったのだろうか。

「嘘……だろ、『アラブの氷帝』が……？」
　
　隣で茫然と立ちすくむ赤井から言葉が漏れる。
　
「王叔父殿下！」
　
　物々しい雰囲気を破るように、海斗と三笠の関係者が慌てて走り寄ってくる。
　海斗は赤井から距離を取らせるように綾を抱き込む。
　
「おおおじでんか？」

　初めて聞く単語に綾は何が起こっているのか理解が出来ない。

「慎一郎くん、綾は私の大事な友人だ。今後このような下賤な男を彼女と接触させてはいけない。――一切、だ」
　ラウファルは氷のように冷たい声で言う。　

「承知いたしました。殿下、ご気分を害された事を、心よりお詫び申し上げます。ひとまずこの場はお治めください」
　
　三笠ホールディングスの社長である慎一郎に対して当然のように命令し、謝罪させている。
　
（え、昨日一緒にランチしたファルさん……だよね？）
　
　海斗の腕の中、茫然とした顔のままつまみ出される赤井を見送りながら綾は疑問符だらけになった。