氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 ラウファルの本名はラウファル・ビン・マージド・アル・ムフタールという。
 
 彼は中東のとある国の王族である。
 その国は中東でも有数な強大な国であり豊富な石油や天然ガスの資源だけでなく、砂漠と海を有した美しい国土と安定した治安を武器に観光にも力を入れ、近代化に成功した世界でも有数の『裕福な国』としてしられている。
 
 彼は前国王の弟で、現国王の叔父にあたる。

 若い頃から兄王を支え柔軟な考えと卓越した政治手腕で国の近代化を成功に導いた人物として知られ、現国王からの信頼も篤い。

 一方で己の意に従わない人間を眉一つ動かさずに粛正する冷徹さも持っており、その容赦のなさから「アラブの氷帝」とまで言われ恐れられていた。
 表舞台からは退いたものの、今でも強大な権力と莫大な個人資産を持ち続ける――国賓級の有力者。
 
「ファルさん、じゃなくてラウファル様……が王族……?」

「アーヤ、私の事はファルと呼んでほしい」
 
「――殿下は黙っていてください」
 
 海斗の説明は続く。
 
 ラウファルが20歳の時、日本に滞在していた時期があった。
 当時国内で内紛起き政情が不安になっていて。第二王子のラウファルが、父王や兄に何かあった時の為に日本に『避難』する事になったのだ。
 
 彼は古くから王家と親交のあった財閥家である三笠の家に身を寄せる事になった。
 そこで出会ったのが三笠家に出入りしていた女性――百合子だった。
 百合子は旧華族の血を引く令嬢で、三笠源一郎、今の会長の妹、沙織の親友だった。
 
 王族なのに国の為に働くことも出来ないと落ち込む彼を百合子は励まし、瞬く間にふたりは恋に落ちた。
 ふたりの仲を知った沙織の手引きで三笠家で幸せな恋人の時間を過ごした。時にはこっそりとふたりで出かけた事もあった。
 しかし、半年もしない内にふたりは別離することになる。国内の紛争が鎮静に向かった為、ラウファルに帰国指示がされたのだ。
 
 この時既に彼女のお腹には新しい命が宿っていた。しかし百合子はラウファルにはその事を伝えず、一旦国に帰るように勧めた。迎えに来るのを待っているから、と。
 
 しかし彼女はラウファルには二度と会わないと決意をしていた。
 
 彼があれほど望んでいた祖国の為に働ける機会を奪ってはいけない。身を引こうと、彼の帰国後すぐに一通の手紙を送る――
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