氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
貴公子の求婚
「……もう一生分驚いた気がします」

 綾はベンチに座り、夜空を見上げる。ビルの明かりで殆ど星は見る事が出来ない。
 
「ごめん。驚かせたし……辛い思いをさせた」

 ラウファルの元を辞した綾は、海斗に誘われて……というか連行されてショッピングモールの屋上の箱庭に来ていた。
 夜の時間帯に来るのは初めてだし、パーティの盛装のままふたりでベンチに並んでいるのが何だか不思議な感覚だ。
 そして隣に座る海斗は綾の腰に手を回し続けている。
 
「いいえ、私が勝手にとんだ誤解をして、悩んでしまっただけなのに、あんな、嘘つきみたいな事を言ってしまって……ごめんなさい」

「いや、君に言われたとき、何も言い返せなかったし、出て行く君を追いかける事も出来なかった。騙すような事をしていたのは事実だから」
 
 海斗は綾の腰に回していない方の手で膝に置かれた彼女の手を包む。
 
「僕の生まれの事は少し面倒だから公にはしていなかったけど、君にはいつか話そうと思っていた。でも、赤井の存在を利用して偽恋人になった後は、君と一緒に居る時間を失いたく無くて逆に言えなくなった」

「え、利用してって、最初から恋人になるつもりだったんですか?」

「そう。最初からなる気満々だった。分からなかったかな?」
 
 困ったように海斗は笑う。

「君に初めてここで出会ったのは、三笠ホールディングスの海外新規事業推進室長をしながら、新会社の設立の準備が大詰めになっている頃でね、ストレスは感じていないつもりだったけど」

 三笠一族と、アラブの氷帝と言われる祖父からの期待の元、莫大な資金を投資する新会社。
 普通の人間だったら潰れてしまうような巨大なプレッシャーを物ともせず、海斗は類まれなる才能と努力を持ってこなしていった。
 元々、自分は感情が揺れるタイプの人間では無いと思っていたし、コントロールするのが得意だ。
 周りからはどうやら『氷の貴公子』とまで言われているらしいし、感情の乏しい人間なんだろうと自分の事を客観的に思っていた。
 
「でも、君とここで出会って、並んで他愛の無い話をするだけで、心から力が抜けて癒された気がしたんだ。その時初めて気が付いたんだ。僕は案外気持ちが張りつめていたんだなってね。そして、そんな気の抜ける時間をくれた君が愛しくてたまらなくなった。今まで生きて来て感じたことの無い感情だった――もし、だれに反対されても、何をしてでも君と恋人になって、いつか結婚したいと思っていた。割と初めの頃からだよ」

 初めて海斗の心の内を聞かされ綾の心臓はどんどん高鳴っていく。
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