御曹司、家政婦を溺愛する。
億ションの家政婦になりました。

「……は?指名、ですか」
私は目の前に座る西里みどりマネージャーからの予想外の言葉に、目を丸くした。
彼女はクリップファイルの書類をぺラッと捲り、「そう」と素っ気ない返事をした。
「本当は私ももっとベテランのスタッフを、と思ったんだけど、お客様の希望でね。新堂夫人はあなたを知っているようだけど、もしかして知り合い?」
と、チラリと向けられたその目に、私は首をブンブンと横に振る。

知らない。いや、知らないはずだ。
過去に遡って「新堂」という名の知る人物は一人だけ。確か両親はリゾートホテルの経営者だとか、彼の境遇はそんな感じだったと思う。
しかし彼自身についての記憶は、あれから十二年経つ今でも残っている。それはそれは、ほんのりと甘く、ピリピリと苦く。

さておき、「新堂」という名のセレブは全国にたくさんいるはず。それに自分もこの十二年間に、あちこちのセレブ豪邸で家政婦として働いてきたのだ。富裕層の間で良くも悪くも、私の名前がこぼれ落ちたとしても不思議ではない。
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