御曹司、家政婦を溺愛する。
甘く溺愛されてしまいました。

この庭に咲くバラが、少しずつ減ってきた。ポツポツとピンクや白のバラが咲いているが、秋になったこの時期は咲き誇るバラの景色ではなく、一輪ずつ咲くバラの可憐さを見て楽しむのだそうだ。

「晴れた昼間はあたたかいけれど、このバラたちを見ると、秋の訪れを感じるわね」
「はい、そうですね」

小田切家の家政婦として戻ってきた私は、さすが体が覚えているのか思い出すより先に動いていくことに、自分で苦笑してしまう。
戻ってきた私を、静香夫人は何も言わず迎え入れて、仕事をさせてくれる。
このティーポットで彼女のローズティーを淹れることも、もうすぐ一ヶ月になろうとしていた。

夕食の支度を終えて静香夫人に「今日はこれで失礼します」と、声をかける。
「あ、ちょっと待って」
と、珍しく引き止められた。
「これ、もらってちょうだい」
と、小さめの四角い箱を両手で私へと差し出す。

「今月、誕生日よね?おめでとう」
「あ……」
そうだ。もうすぐ三十一歳になる。
彼女はツヤツヤの丸い顔で、ニッコリと笑う。
「鈴ちゃんにはいつも感謝してるのよ。私のお茶にいつも付き合ってくれて。これね、そのほんのお礼よ。私のお気に入りのケーキ屋さんのバースデーケーキ」
「バースデーケーキ……」
ここ何年も食べていない、自分のバースデーケーキに、心がじんわりと熱くなって視界が滲む。
「静香さんったら、本当にサプライズが好きなんですから…ありがとうございます」
ふふっと笑いながら、涙が溢れてくる。
「鈴ちゃん、ケーキくらいで泣かないでちょうだいな。可愛い顔が台無しよ」
と、ケーキを受け取る私の顔を、静香夫人は優しくティッシュで拭いてくれた。

こんな嬉しい誕生日は久しぶりだ。
ケーキの箱を膝の上に、私は事務所へ戻るバスの中で小さな幸せを感じていた。
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