女神の加護? いいえ、ケフィアです。

プロローグ

 昔の彼女は暗いうちから起きて、家族の朝食やお弁当を作っていた。そして家族を見送り帰ってくるまでは、掃除や洗濯、アイロンがけをしチラシを手にスーパーに出かけていた。
 でも、今は色々と違う。
 自分で作らないのもそうだが、食事を作ってくれるのは母親ではなく料理人だ。あと、起こしてくれたり着替えの手伝いをしてくれるのはメイド。家の掃除や洗濯、庭の手入れをしてくれるのもメイドや使用人だ。
 だからメイドに起こして貰う前に起きると、それに合わせて使用人達も行動しなくてはいけないので、逆に迷惑がかかる。
 実際、話せるようになり歩けるようになった頃、早起きして部屋の掃除をしようとしたら――使用人達に止められ、母親に窘められた。

「あなたにはあなたのお仕事があるの。だから、皆の仕事を取ろうとしては駄目よ」
「……おしごと?」
「ええ、よく寝てよく食べて、まずは健やかに過ごすことよ」

 そう言われてからは、せめて勉強しようと本(と言っても、部屋には絵本や童話くらいしかないが)を読むようになったのは余談である。
 ……だが今朝は、彼女の七歳の誕生日で。
 昨日、誕生日のお祝いにという理由をつけ、お願いしておいたことの結果を早く見に行きたいのだ。

(早く、起こしに来ないかな)

 いつもより早く目を覚まし、でもワクワクして本も読めなかったので、ベッドで寝返りを打っていると――待ち望んだ、ノックの音と声がした。

「オリヴィア様、おはようございます」
「おはよう、ハンナ!」

 元気よく答えると、彼女の乳母であるハンナが部屋に入って来て、彼女を起こしてくれた。そして洗顔や歯磨きを手伝ってくれた後、襟元や袖にレースをあしらわれた濃緑のワンピースを着せ、同じ色のリボンを緩やかに波打つ榛色の髪に結んでくれた。
 靴を履かされ、彼女が身支度を終えるとドアの前で待ってくれていた相手が部屋へと入ってきた。

「おはよう、お嬢。パン窯のところに行くんだろう?」

 柔らかいテノールで言葉を紡ぐのは、白銀の毛並みをした豹だった。
 以前、怪我をして屋敷に迷い込んだのを助けてから、彼はオリヴィアの移動を手伝ってくれたり、ビロードのような毛並みで和ませてくれる。出会った頃は子猫サイズだったが、この一年ですっかり成長し、彼女を背中に乗せて走れるくらいまでになった。もっとも屋敷内で走るのは禁止だが、それでも子供の彼女の歩みよりは早い。

「うん、ヴァイス! 今日は急いでるから、お願いね!」
「おう!」

 スカートなので横座りで腰かけると、ヴァイスは彼女を背中に乗せたままパン窯目指して歩き出した。

 ……彼女の名前は、オリヴィア。
 本日、七歳になる彼女には前世の、そして異世界の記憶がある。
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