転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして
 
「なんで!? どういうこと! おかしいじゃないか! 首席卒業だぞ!? どうして魔法騎士団の試験を受けられないんだ!?」
「ですから……年齢が足りないのです」
「年齢制限なんて、法律も騎士団採用資格条件にも書いてないだろう! それにボクは六歳の時に称号【賢者】を得ている! 神殿でも確認してもらっている! 書類にもそう書いてあるはずだ! こんなボクという逸材を騎士団に入れないなんて、君はこの国の防衛についてなにも分かってないんじゃないのか! 責任者を出せ!」

 ドン、と受付カウンターを殴る少女。
 それに受付嬢は頭を抱えて後ろを振り返る。
 深いため息を吐いて立ち上がった男性職員は、受付嬢から書類を受け取って鼻で笑うと少女に一番上の紙を突きつけた。

「アーファリーズ・エーヴェルイン! 君は確かに天才だろう。しかし、精神年齢が幼すぎるんだよ。上の者たちはそんな君を(おもんばか)ってわざわざこんな提案をしてくれているよ。ほら」
「!?」

 その書類には、こう書いてあった。

『王立学園勇者特科学生寮管理人、申請書』

 と。

「なんだこれは!」
「書いてある通り、あなたが今日卒業した王立学園の勇者特科学生寮の管理人になります、という申請書です。みんなやりたがらないんですよ、勇者特科教師も学生寮管理人も。あなたみたいなお子様では教師も早いでしょうから、せめて学生寮の管理人を、ということです」
「なっ! なっ……!!」
「これを受けしないのであれば、成人までの残り十年間、どうぞご自由に」

 わなわなと震えた。
 学生時代も貴族連中に散々嫌がらせを受けてきたというのに、卒業してからもまだ足を引っ張り足りないらしい、奴らは。
 たった六歳で座学も実技も満点。
 それどころか学生記録も塗り替え、自らの努力と実力で【賢者】の称号を得たこの国……シーディンヴェール王国始まって以来の天才少女。
 女は勉強などすべきではない。
 生意気だ。
 令嬢は花嫁修行だけしていればいい。
 子どものくせに。
 それらすべてを跳ね除けて、たった一年で王立学園魔法科の課程を終了させた。
 それでもさすがに一年で卒業させるのは見聞がよくないからと引き留められ、一年をさらに勉学に費やして図書館の本を読み尽くしたのがこのアーファリーズ・エーヴェルイン伯爵令嬢……現在八歳だ。
 彼女の希望は王国魔法騎士団への就職。
 没落寸前の実家を救うのと、彼女が元々『令嬢』という枠に収まるような性格ではなかったこと。
 淑女? 花嫁修行? 女主人?
 無理である。
 そんなのは双子の姉に丸投げだ。

「どこまでも……!」

 その上で、提示されたのは『勇者特科学生寮』の管理人。
『勇者特科』……王立学園でもっとも特異な、いずれ復活するであろう魔王に備えて、勇者を育成するための学科だ。
 しかし、その魔王は別の大陸に封じられており、復活の兆しもない。
 およそ百年ほど前に創設されたこの学科は、今や【勇者候補】の称号を、生まれながらに持つ者、後天的に与えられた者をまとめて一箇所に放り込むシステムと化している。
 それには長い時間で意味合いなども変化してしまった事情があるのだが、今はそれは置いておく。
 アーファリーズはその勇者候補たちのことを、確かに在学中から気に留めてはいた。
 それは彼女にとある事情があるからだ。
 蔑ろにされ続ける厄介者、『勇者特科』の勇者候補たち。
 幼いことを理由に権利を奪い、厄介者の巣窟へと放り込もうというその魂胆。
 ぶちり、と頭の中で音がした。

「……一応聞いておくが、この管理人の仕事、給料は出るんだろうな?」
「ええ、出ますよ一応。こちらに大まかな仕事内容と、給与に関して書いてあります」
「…………」

 安い。思っていた以上に安い。
 魔法騎士の初任給の半分以下だ。
 まず間違いなく、本来は平民か下級貴族の仕事だろう。
 しかも雇用契約は三年更新。
 三年以内に辞める場合、代わりの者を用意しなければならない。

(でも『勇者特科』の()()は倍以上だな。およそ騎士初任給と同額。一年で教員免許を取得して二年目以降『勇者特科の担任』になれば管理人の給与満額と一緒にもらって、平騎士の給与くらいになる。教員免許試験は今年の末……)

 一年。
 年末の教員免許試験まで耐えれば、その次の年に『勇者特科』の担任教師になることを申請できるようになる。
 そうすれば給料は倍額以上。そして——。

「ふ、ふふふふ……ふふふふふふふ」
「!?」
「いいだろう、やってやる。絶対後悔させてやるからな能無しども……! お前たちはこの国の総戦力を持ってしても手に負えない化け物を、新たに六人増やすことになるのだ。クックックッ……この超天才賢者であるボクを『勇者特科』に入れたこと……必ず後悔するからな? いいんだな? クククククク……」

 ズバッとサインしてズビシィッと提出してドシンドシンガニ股でわざと足音を鳴らしながら、アーファリーズは業務科の部屋を出て行く。
 実家への仕送りをするために、どうしても早く働かなければならない。

「残りの書類はその寮に送っておいてくれ。絶対後悔させるからな! 絶対だ! ゼジル殿下に伝えておけよ! はははははははは!」

 そう言い残してアーファリーズは荷物を持ち直すと区局から出る。
 区局の中でも最高機関のはずの『王都局』でこの扱いとなると、第三王子風情がずいぶん田舎の没落貴族令嬢にご執心といえるだろう。
 ふん、と鼻を鳴らして目を閉じ、周辺一キロ範囲を[探索]した。

(あっちか)

 小さな少女は歩き出す。
 この程度[瞬歩]の魔法で一分もかからない。
 別段急ぎなわけでもないの出歩くことにした。
 その間に、今後のことを考える。

(まずは実家に手紙出す。そのあと寮の管理人の仕事について調べて……勇者候補たちにも挨拶しておかないとな)

 便箋は余っていただろうか、と思い空間倉庫の中身を検索すると、残りわずか。
 買い足しておくか、と商店街の方へ足を向けると見知った令嬢の集団を見かけた。
 一応元クラスメイトとなる。
 アーファリーズが先に卒業してしまったので。

「?」

 なにやらセンスで口元を隠しながら、小さなものをクスクスと笑っている。
 ど真ん中にいる赤いドレスの金髪縦ロールは王子ゼジルの婚約者、ラステラ・ファーロゥ侯爵令嬢だ。
 どうもあの第三王子の周辺とは相性が悪いのに、遭遇率が高い。

「ぎゃん!」
「!」

 無視しようと思ったが、笑い声の中に悲鳴のような声が聞こえて顔をそちらに向ける。
 ドレスの合間から見えたのは黒猫だ。

「……」

 確かに黒猫は一部で魔物のようだと嫌われている。
 けれど寄ってたかっていじめていいわけではない。
 長いスカートで隠れるからと、周りを囲ってこっそり踏みつけているのだ。
 指先をそちらに向けて、小さな魔法陣を描く。

「疾風」
「「「きゃああああぁぁっ!」」」

 天下の往来でまったく淑女が聞いて呆れる。
 ひょい、と指先を上に向けると魔法陣が消え、令嬢たちがいじめていた猫が凄まじい風を纏って浮かび上がった。
 風の余波で、ラステラたちのスカートが捲れ上がる。
 往来を通行する人々の目が、彼女たちの悲鳴と有様に釘づけになる中、アーファリーズの手の中に猫が落ちてきた。
 それを抱きとめて[瞬歩]で屋根に登り、駆ける。
 目的の店の前で黒猫に[小治癒]をかけて「行く当てがないならボクの買い物が終わるまで待っておいで」と伝えて入店した。
 猫は気まぐれな生き物だというし、店を出ても待っていることはないだろう。

「おや」

 便箋とインクを買って店を出ると、そこにはまだ黒猫が待っていた。
 てっきり気ままに野良を続けると思っていたが、一緒に来るつもりらしい。

「仕方ないな、キミをボクの使い魔にしてあげるよ。(めい)を与える、汝、今をもって『ベル』と名乗れ。アーファリーズ・エーヴェルインの使い魔となり、我が力の一片を貸し与えよう」
「にゃあん!」
「もう少し馴染むと言葉も話せるようになる。お前の忠誠度合いによっては、人の姿に化けることもな。まあ、それは追々」

 肩に飛び乗ったベルの首には、アーファリーズの使い魔の証である鈴つきの首輪がついた。
 ご機嫌に顔を舐めてくるので少し痛い。
 なにはともあれ、使い魔ならば学生寮にも入れるだろう。

「さぁ、つまんない理不尽は全部ぶっ飛ばして、お返ししてやるぞー!」
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