きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「それにねぇ、今こんなんだけどもともとはみーちゃんとおなじくらいのサイズなんだよ」
「えっ」

みどりさんがわたしのうすっぺらい胸元を覗いていた。サイズを見抜かれたことよりも、みーちゃん、という言葉の響きにうろたえた。それはちいさい頃に千絵梨が私を呼ぶときの名前だったから。

さっき知ったばかりの彼女のふっくらとした胸元の感触。

張りがあってしなやかで、甘い香りのする……そうか、この懐かしい香りはきっと、あかちゃんのにおいなんだ。

無邪気に笑うみどりさんのなめらかな横顔が、とてもきれいだと思った。

「あの……この時間に来たら、また会えますか?」

考えるよりさきに言葉が口をついたことにうろたえて口元をふさいだら、スマホまでが鳴りだして今度はお尻が浮いてしまう。

「彼氏だ?」

その問いかけに大きく首を振る。だってそれは久住君からのメッセージでたったの一文で。

『サイズ間違えてたよ』

頼まれたものはMサイズだったのに、わたしはSサイズを買ってしまったらしい。

『買い直して届けます、ごめん』
『それはいいんだけど』

そんなやりとりを見て「なんだ、パシりか!」と楽しそうにみどりさんが笑った。

『今どこ? 帰りついたら連絡して』

久住君からまたすぐに来たメッセージの意味がよくわからなくて、どう返事するべきか悩んでいたら、みどりさんが小さくつぶやいた。

「優しい子だね。きっとあなたのことを心配してるんだよ」
「心配?」

まるで幼稚園児に言いきかせるようにゆっくり声を言葉にして、彼女はいつくしむような目でこっちを見ていた。

心にぽっかり空いていた穴に、ぎゅんと風が吹き込んだみたいだった。

そうしたらなんの前触れもなくいきなり切なくなって、さっきホームの向こう側に投げ出そうとしていた複雑な気持ちがまた押し寄せてきた。

「あの、連絡先……交換できませんか?」

勇気を出した問いかけに彼女はほころんだ表情を見せてくれたけど、なぜか長い睫毛を伏せてしまった。

「もちろんって言いたいとこだけど、最近携帯壊したんだよね。新しいの買ったらでいい?」

揃えた靴の爪先に視線を落としたまま、みどりさんは困ったように微笑んで、それからふと思い出したように、何かをポケットから取り出した。

「それまで代わりにこれ預けてていいかな?」

その言葉の意味がわからないまま、彼女の手のなかのくしゃくしゃのものを曖昧に受け取ってしまった。
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