きみが空を泳ぐいつかのその日まで
現実
「あとでメールする、ってどういうこと?」
「手紙交換してたよね? あのお弁当はなんなの?」

いつの間にか両脇に友達を従えた戸田さんがいた。巻き髪の矢部さんと、甘い香りがする中条さんの3人が、きつい目でこっちをにらんでる。

「それは、あの」

何をどう説明したらいいのか。しどろもどろになると、矢部さんはふんと鼻を鳴らした。

「あんたみたいな地味な子、久住が相手にするわけないんだからさ、ちょっとしゃべったくらいでいい気にならないでね」
「そんなこと、思ってないよ」
「忠告しといてあげる。自分がブスだってちゃんと自覚しておかないと、傷つくのはあんただよ?」
「久住は誰にでも優しいから。勘違いしないでね」

3人に交互に責められて、またあの生活が始まるんだと思った。中学時代と同じことが、どこへ逃げてもやっぱり繰り返される。

「てか、あんたさぁ汐御台(しおみだい)中から来たんだった?」

何を思ったのか、いきなり中条さんがうつむいている私の顔を覗きこんだ。

「……うん」

顔を上げることができない。顔をあげたくない。

「神崎さんがシオ中だったらなんなの?」
「いや、なんか似てんなぁってずっと思ってたんだよね。ほらあたしバレー部だったじゃん。シオ中のバレー部出身で人気あって有名な先輩がいるんだけど」

はっとして顔をあげた。

「ちぃ先輩のこと?」
「そう! バレーかじった人なら知らない子はいないくらいみんなの憧れの先輩。まさかあんたの親戚とかじゃないよね?」

強い語気に怯んで身を屈めてしまう。

「ちぃ先輩がこいつの身内なわけないじゃん。先輩の名字って西脇だし」
「そっか。だよねぇ~」

胸がドキドキして、イヤな汗が背中を伝うのがわかった。

バレー部のちぃ先輩。
千絵梨はそんなふうに呼ばれてたんだ。
彼女たちが元々の名字を知らなくてホッとした。
呼吸を整えると、話し込む三人の隙をついてすかさずその場から駆け出した。

「あっ、逃げた!」
「ブス崎さんまた明日ね~」
「あんたの美少女潰しえげつないって」
「悪い芽は早めに摘んどかないとさぁ」
「たしかに~!」

後ろから聞こえてくる声に耳をふさいだ。
また目をつぶってしまいそうになる。
でもさっき、もう寝ながら自転車こぐなって久住君に言われたばかりだ。
ちゃんと目を開けなきゃ。
うつむくな。

夢中でペダルを踏んだ。
その度に自分に言い聞かせる。
久住君に憧れちゃダメだって。

夢を見たりしたら傷つくだけだから。
どれだけ経験したって、悲しさや虚しさに慣れることなんてない。

涙がこぼれそうになる。
でもその時、前かごのなかでふたつのお弁当箱がからからと鳴ったから、涙を拭いて前を見た。

駅にみどりさんがいたらな。
みどりさんと、何でもない会話をしたい。
今日あった、嬉しかったことの全部を聞いてほしい。

でも、改札をくぐることなく
いちばん会いたくなかった人と鉢あわせてしまった。

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