きみが空を泳ぐいつかのその日まで
ずぶ濡れの彼女に泣かれたときは、正直焦った。いつだって苦しそうで、たぶん地上でだって息するのが下手くそなんだと思う。カナヅチだと思う。

そんな子を噴水に突き飛ばすなんて、いったいどんな理由があったらできる?

なんであのとき、頼ってくれなかった?
電話やメールをスルーすんのは俺が頼りないから?
なんか……ムカムカする。
俺ばっかが、彼女のこと考えてるなんて。

「……ちょっと放課後にタイムリープしてくる」
「はぁ? 何言ってんの?」
「サボんだよ」

いろいろ考えた末に、出てきた言葉はこれだった。普段使わない頭をフル稼働したせいでバグった。放電しないと。

でもなぁ、屋上はたぶんもうかなり暑いだろうし、保健室は一時間で追い出される。
となると中庭か。

購買でジュースを買い、それをガブ飲みしながら、中庭へと続く通路に出た。
授業をサボるのは、すごく久しぶり。

中庭に出ると、根元に緩やかな勾配のある木の下に寝転がって快適な睡眠に欠かせないアイテムを取り出した。

授業をサボってばかりいた中学の頃はしょっちゅう使っていたけれど、高校生になってからは初めてだった。

これを開いて顔の上に乗せると、なぜだか快眠できる。紙のひんやりした温度や瞼にかかる繊細な負荷。
何より光や風を通過させる完璧じゃない闇が好きだった。

なんとか賞受賞作?
昔のベストセラー?
親父のことだからきっとそんなんだろうけど、どうせ説教くさいんだろうし興味ない。

実際一文字も読んでいない。タイトルすらいまだに知らない。
ごめんね、くれた人と書いた人。

別に捨てたってよかった。
でもそうできなかったのは、なんだかんだ俺が、親父のことを心から嫌いになれなかったからだと思う。いまだに全然、素直にはなれないけれど。

いつか読もうかな。
気が向いたら、そのうちね。
そのうち読むから今日は寝る。
そう思い本を開いて気がついた。
あれ、破れてる?

開いた場所のちょうど真ん中に、ページを裂いたような跡があった。中古本にしてもB級以下じゃん、まるでちょっと前の俺みたいな不良品。

まぁ、それもいいか。寝るのにはなんの支障もないし。
いつものようにそれを顔に乗せた。

心地よい負荷、紙の匂い、
不完全な暗闇、木々のざわめき。

靴越しの爪先に太陽の温度がしみてくる。
校庭からはホイッスルの音が聞こえてきて、重なりあう葉の隙間をぬってきた初夏の風が前髪をすくった。

身の周りの何もかもが俺を眠りへと誘っていた。条件は完璧なはずだった。
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