きみが空を泳ぐいつかのその日まで
あなたのいるべき場所
カラダがだるい。
でも、学校に行かなくちゃ。

一度サボったら、もう行けなくなる。
中学の時から、そんな強迫観念にとり憑かれていた。

のろのろと身支度を整えても、カラダも心も言うことを聞いてくれない。

なかなか部屋を出られずに、制服のままでベッドに寝転んで、空が暮れていくのをやり過ごすだけの日々。
ずっとそれを繰り返して、今日もまるで同じ。

またすぐ大阪に戻ってしまったお父さんに具合が悪いからと嘘をついて学校を休んで、もう何日経ったかな。

久住君は心配して何度もメールをくれた。
でも返せたのは一度きり。
だってなんて返せば正解なのかわからない。

「15年前」
「××市」
「死亡事故」

今日こそは……そう思ってスマホを手にすると指が意思を持った生き物みたいに勝手に動く。でも代わりに肺は急速に(しな)びていくドライフルーツのようにしぼんでいく。

喉が痛いし、少し寒気もする。
ほんとに風邪ひいちゃったよみどりさん。みどりさんは大丈夫?
一言そう聞きたいだけなのに、なんのあてもないなんて。

スマホの画面にたくさんの検索結果が出てきてもそれをタップする勇気がない。次第に頭がぼんやりしてまたベッドに潜り込む。

ほんとうはこんなこと、しなくていい。
両親から話を聞けばいいだけなんだ。

でもそうしなきゃと思うと、平衡感覚をなくすような気持ちわるさが込み上げてきて、トイレへと駆け込んでしまう。

吐けたらいいのに、胃液すら出てこない。
喉に指を入れると、目頭からぽろりと何かがこぼれて、また涙かと思ったら、くたびれた悲しみがじわりと心を侵食していった。

お母さんに聞いてみる?
でも本当のことを話してくれるだろうか?
ならお父さんに聞こう。
仕事中だろうとなんだろうとかまわない。
ちゃんと話を聞かないと。

みどりさん、私どうしたらいい?
服はなくしたままだし、このままじゃ謝ることすらできないよ。

何か手掛かりはないかと、カバンの中を探ってみて頭の中がまっしろになった。

どうして? 嘘だよね?
ファスナー付きのクリアケースのなかに入れておいた大切なものが、そこから忽然と姿を消していた。

顔面蒼白になって家中を探し回ったけれどどこにも見当たらなくて、迷わず外へ飛び出した。

大事にしまっていたものが、いきなり消えてしまうはずなんかない。
なくしたカーディガンが掃き溜めに追いやられている気がして、口のなかがカラカラになった。

ちいさな可愛いあのお話が消えてしまった。

小学生の男の子と女の子が、クラスで飼っている金魚の元気がないと心配しているだけのシーン。小さな頭を寄せあって金魚鉢を覗き込むふたり。

幼い彼女の優しさが瑞々しくて、大すきな子の力になりたいのに、そばにいることしかできない男の子のもどかしさだってたった数行なのに手に取るように伝わってきた。

何もできないからこそ彼は彼女のそばにいるんだ。そうやってその不安や悲しみを、精一杯自分のものにしようとしているんじゃないかな。

そんなふうに他人を思いやれる男の子がいることを私、知ってるから。だからわかるんだ。

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