きみが空を泳ぐいつかのその日まで
今は悲しくていいから
頭がぼんやりしてる。
水……ぬるくていいから飲みたい。
たぶん、夢を見ていた。

『お揃いがいいな。エリもピアスあけよっかな』
『ずっとそばにいるからね』

キラキラした笑顔でそんなふうにエリがじゃれてくる。

エリは、バレー部の練習試合でうちの学校のヤツと仲良くなって、そいつが俺達のグループに連れてきた他校の女子。学年も一個上だった。

輪のなかに自然に溶け込んで、ずっとそこにいたみたいにいつの間にかみんなと打ち解けてるエリのことを、なんかすげーなって思った。

俺は仲良しグループになんてそれほどこだわりはなかった。付き合いなんてただの退屈しのぎ。広く浅くで充分。

他人に興味はないし、友達にも特に何も期待していなかった。

そんなヤツなのに、エリは彼女のことが好きだというマトモな男子たちを振り切って俺がいいって言い出した。

「お試しでいいよ、気が合わなかったらソッコー別れるし」なんていう気楽なノリで結局付き合うことになったんだっけ。

可愛い子だなと思った。
何を考えているのかよくわからない気まぐれな性格も、泣き虫なくせにすぐ強がるところもちゃんと好きだった。

でも次第に風向きが変わってきた。
その髪色はなんなの? ピアスは幾つあける気なの?煙草はよくないと思うよってしつこくて。

いつもふざけて調子こいて自由に生きてるふうを装って、実際は家庭の事情に動揺しまくっていた自分。

それがカッコ悪いとわかっていたから、そんな自分を彼女に知られるのは嫌だった。

気づいたら、エリとのあいだに溝ができていた。

フラれたときは意味がわからなかったけど、今ならわかる。そんな弱虫の前からあいつが消えたのは当たり前のこと。

しかもあいつはバレーボールのスポーツ推薦で進学するって聞いてたから、時期的にもそっちに専念するんだろうと思ったし、これはどこにでもありがちな自然消滅だって勝手に自分を納得させた。

だけどエリを失ってもそうじゃなくても、心にはいつもぽっかり穴があいていた。隠したい傷だってあった。

痛いけど誰にも知られたくなくて、つらいけど、誰にも助けてって言えなくて。
だから傷口が塞がるのをひたすら待つしかなくて。

そんなときユキが生まれて、何もかも半端だった自分にも存在する意味はあるのかもしれないと思えた。

ガムシャラに自転車をこいでいた神崎さんが、得体の知れない不安を振り払おうとしているように見えた。

もし助けることができたなら、何か力になれるかもしれないと思った。

なぐさめのひとつにもならないとわかっていても、傷が塞がる日はきっと来るよって、いつか伝えてやりたかった。

(神崎さんのこと好きとか?)

いつかの嶋野の声が脳内でリフレインする。

(あぁ、好きだよ。すげー好き)


身体は他人のものみたいに言うことをきかないのに、心は迷わずにに彼女の笑顔を想い描いていた。
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