離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
あなたの腕の中で
 高城と料亭『日乃雪』に行って食事をしてから数日後。

 カフェのお昼から夕方のピークを乗り切りひと息ついていた私は、お客さんが帰り空いたテーブルの片づけをしていた。

 空の食器を重ねたトレーに輪切りのレモンが残るアイスティーのグラスを最後に載せ、前かがみだった身体を起こす。

 すぐそばの窓枠から黄昏(たそがれ)の淡い光が差し込んでいて、店内を茜色に染めていた。

 まもなく夜の準備に入ろうとしている落ち着いた時間にほっとしていると、この間の出来事が脳内に蘇った。

 数日前のあの夜。新たに生まれた疑惑は、あれから私の思考をたびたび支配していた。

『日乃雪』で出てきた豆腐は、かつて私が毎日のように口にしていた父の豆腐と同じ味がした。もちろん、ただの偶然である可能性もないわけではない。

 しかし、以前はうちから豆腐を仕入れていたシュペリユールが、うちとの契約を解除した直後に豆腐を仕入れから自家製に変え、それが仕入れ先だった店のものと同じ味になるなんて偶然にしてはできすぎている。
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