(三)







シーアドナインスからのイーマイナーセブンスオンビーからのエーセブンスサスフォーで、着地点はジー。


言葉にすると呪文みたいなこのコード進行は、音にすれば魔法に変わる。プロローグにもエピローグにもなるような、音の流れ。俺は、この進行がとても好きで、好きな女に片想いする気持ちをこめたとっておきの曲の入り出しにもつかった。



ベッドの上であぐらをかきながら、ギターを片手に思いつくままに口ずさんでいるとき、世界の束縛の全てから解放されているような気になれる。

ビートルズのヘイ・ジュード、イーグルスのデスペラード、クイーンのサムバディ・トゥ・ラブ、エトセトラ。世界は名曲に溢れていて、俺はただそれを拾って夢を見るだけだ。

後世に自分の生み出した音楽を残すなんて、どれほど名誉なことだろう。死んでからも残る。生命のリズムが呼吸をやめても取り残される。それができるひとは、本当にほんの一握りなのだ。



「あんた!ギターは九時までよー」


階段の下から母親が大きな声で俺に言う。

九時までには、もう残り数分しかなかった。弦を弾く。今、軽音部のバンドで練習中の曲をなぞる。

間違いなく、ギターを弾きながら歌っているときが一番幸福だと感じるけれど、ふとした瞬間に、虚しさが襲ってくることもある。

どこにも続かず、自分しか満たさない幸福。俺はプロのミュージシャになりたいわけではない。それなのに、高校生活の半分以上を、ギターを弾いて歌うことに費やしている。

それで、こんなことに意味などあるのだろうか、と反語的に思ってしまうときがあるのだ。

自分を満たした分だけ虚しくもさせられる。
俺の中で趣味とはそういうものだ。







『学校祭のライブよかったじゃん。生きてるーって感じ』



頭がいいくせに、いつも馬鹿みたいに適当なことを言って笑うやつだった。


九時になる。ギターを鳴らす手を止める。あいつの顔が頭に浮かぶ。
胸の痛さを誤魔化すことは、うまくできない。

一番大好きなコード進行を大切に使ったオリジナルの曲を思って悔やんでしまう。こんなことなら、使わなければよかった。お前への気持ちを歌った曲なんて、作らなければよかった。絶対にうまくいくはずがないと高を括って、単純におちていった未完成の恋を見守るふりをして、それでずっと俺が一番そばにいるのだと思っていた。