「どうぞ」
「……はあ」

 馬車を降り、クールナン侯爵家の屋敷がある敷地内を進んでいく。アルベール様は私の手を握られたまま離そうとしてくださらない。……逃げないってば。そう言おうかと思ったけれど、口を閉じた。逃げないという約束が出来なかったからだ。誰だって、自分の身に危険が迫ったら逃げるでしょう? そう言うこと。

「今日は何をしますか? 庭でお茶をしてもいいですし、屋敷の中を見学してもいいですよ。いずれ、ここに住むんですから中を知っておくのも必要でしょう?」
「そうですね。……このまま、婚約が続行されればですけれど……」

 ぼそりと自分にしか聞こえない音量でそうつぶやく。正直、私はここ数日でアルベール様のことが「別の意味で」苦手になってしまった。私は元より男性が苦手だ。特に、見た目麗しい男性が大の苦手だ。それでも、アルベール様との婚約を受けたのは、ただ単にメリットが多かったから。まぁ、我慢しようと気を張り続けた結果、我慢が爆発してあんなことになったのだけれど。

「そうですねぇ……。屋敷の中の見学もいいですけれど、出来ればお茶が飲みたいですね、まずは」
「わかりました。では、使用人に準備させてきますね」

 アルベール様はそうおっしゃって、近くで別のお仕事をされていた従者に指示を出されていた。いや、お仕事の邪魔なんじゃあ……。そう思ったけれど、その従者は朗らかな笑みを浮かべて「承知しました」と言ってくれる。そして、彼は最後に私の方を見てふわっと笑ってくれた。……素朴な感じが、良いわね。

「では、お茶をするスペースに向かいましょうか。多分すぐに準備が出来ると思うので……」

 そうおっしゃったアルベール様が、私の手を引いて移動しようとした時だった。庭の奥の方から、何やら叫び声が聞こえてきた。なんと叫んでいるかは分からない。でも、なんだか嫌な予感がする。あの叫び方はアルベール様そっくりだ。……聞きたくない。