おうちかいだん
誰もいなくなった放課後の教室。


陽が傾いて、黒と緋色の世界の中に身を置いているようで、少し不思議な感覚に包まれる。


梅雨の時期でも、珍しく雨が降っていなくて。


夏の匂いと雨の匂いがふわりと鼻をついた。


「あれ? 誰もいないと思ったのに。何してんの? こんなところで」


教室の入口に立って、不思議そうに私を見てそう言ったのはクラスメイトの矢沢千晶(やざわちあき)


私と違って少し派手な女の子で、普段はあまり話すことはないけど、珍しく話し掛けてくれた。


放課後の教室に一人でいたから、変に思われたかな。


「何もしてないよ。矢沢さんは何をしてるの?」


「私? 私は待ち合わせと言うか……まあいいや。時間まで話そうよ。どうせ暇なんでしょ?」


笑いながら私の隣の席に移動して、座ったかと思ったら片足を座面に乗せて行儀が悪い。


「矢沢さん。パンツが見えてるよ? 女の子同士だからって気を抜きすぎじゃない?」


「別に見えたからって減るもんじゃないでしょ。ところでさ、藤井(ふじい)さんはいつも残ってんの? 友達と遊びに行かないの?」


そう言いながら矢沢さんは、バッグの中から鏡を取り出して、自分の顔を映すと指で目を開いて見せた。

< 1 / 231 >

この作品をシェア

pagetop