おうちかいだん
トイレの人
ふわり、ふわり、たゆたう影に合わせるように、私の身体も左右に揺れる。


黒と緋色のコントラストはいつしか崩れ、黒が多い世界の中に私は身を置いていた。


誰もいない教室、静かで時が止まったかのように錯覚する空気がここには溜まっている。


「藤井……さん? 一人でどうしたの? 誰かを待ってたりする?」


そんな気分のいい空気を切り裂くように、声を掛けた男子生徒。


「……稲葉くん。稲葉くんこそどうしたの? 待ち合わせをするような時間じゃないと思うけど」


教室から人がいなくなって久しいのに、わざわざ今の時間にここに来るということが不思議に思える。


「いや、僕は……うん。人を待ってたんだけどね。なかなか出てこないから、どうしたのかなって戻って来たんだよ」


少し照れたように俯くけれど、こちらからでは影になってその顔の色まではわからない。


きっと、この夕陽に照らされたくらいに真っ赤に染まっているのだろうけれど。


「じゃあ……もしかして私に用があったの? それならそうって言えば良いのに」


稲葉くんは綺麗な顔立ちをしていて、クラスの内外にファンが多い男の子。


私じゃなくても、相手をしてくれる子なんていくらでもいると思うけど。
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