二次試験も無事に終え、二月下旬の放課後である。プロム用のドレスも買ったし、残すは卒業式ばかりになった
 昇降口を目指し、合格大学が張り出されている掲示板をの前を通る。今日はいつにもまして掲示板の周囲がざわついていた。
 理由は知っている。今日のお昼に綱から直接聞いたからだ。
 アメリカのS大学に綱が合格したのだ。
 国立大学の合格発表は卒業式後になるから、綱の大学名は掲示されている大学の中でもひときわ目を引いている。
 私はその人垣の後ろを息を殺して通り過ぎる。

 男子も女子も綱の話題で持ちきりだ。

 私は少し胸が痛む。
 もちろん嬉しいに決まっている。私たちが両親に認めてもらうには、綱の留学が大前提になっている。S大学に入学し、資格を取り、卒業して、初めて認められるか認められないかという話になってくるのだ。
 その第一段階を綱がクリアしてくれた。ふたりの未来に可能性が出てきたのだ。嬉しくないわけはない。

 でも、わかっていてもさみしいのだ。
 週一回しか会えない今でさえ、さみしくて仕方がない。
 それなのに、綱は日本からいなくなってしまう。
 最低でも四年。長ければ六年。会えないかもしれない。

 それに、罪悪感もある。
 綱にだけ負担をかけている。
 しなくてもよい留学を綱に強いている。

 そしてふと思うのだ。

--綱は私と出会わなかったら、違う進路を選んでいたのではないか--

 だって、前世の綱は留学なんてたぶん考えてなかったし、芙蓉学院大学部を目指していたのだと思う。当時はそう思い込んでいて、興味もなかったし、はっきり聞いたことはなかった。けれど、特待生ではあったが主席ではなく、塾にも通わず、サマースクールにも参加していなかったから、海外に興味があったとは思えない。