俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
4.気が付きまして


クリスマスイブの初デートから二週間が経った。

蒼泉と二人、静かに年を越し、お正月休みも明けて仕事が再開。

今日は、一条コーポレーションと陸海の契約発表及び、私と蒼泉の婚約発表の日だ。

高級ホテルの広々とした会場にパーティーという形で関係者の方々が集い、蒼泉は壇上で挨拶をする。
隣に私は彼の婚約者として並び、左手には婚約指輪を嵌めている。

気になるのは、先程から彼の額に汗が滲んでいるということ。
大勢の人の前に緊張するよりも、蒼泉のド緊張ぶりに驚いていた。

社長なんだから、こういうのは慣れているんじゃないのかしら。
私は話し出そうとする彼を、固唾を呑んで見守る。

「本日はお忙しい中お集まり下さり、誠にありがとうございます」

無難な言葉で初め、最後まで噛むことなく社長らしい挨拶を無事終えた。

それから乾杯と共に立食パーティーが始まった。

まだカチコチの蒼泉をホールの外にそっと連れ出すと、彼は大きなため息をつきながらその場に座り込む。

「緊張した……」

でしょうね。もうガチガチだったわよ。

「お疲れ様。 お水持ってくるわ」

苦笑いで彼の肩をトントンと叩く。
パーティーの最中だ。その辺に蒼泉が座り込んでいてもまぁ大丈夫だろう。

パーティー会場から離れたところに、自販機を見つけた。
お金を投入し、冷たいミネラルウォーターのボタンを押そうとした時だ。

「彼、こういう時は決まってりんごジュースを飲むのよ」

背中に聞こえた美麗な声に驚き、振り返る。

「陸あやめさん、だったかしら。 蒼泉さんの好みも知らないのね。 婚約者なのに」

見知らぬ女性は声だけでなく姿まで美しかった。

「あの…? 失礼ですが、どちら様でしょう」

腰まである栗色のくるくる髪と真っ赤な口紅が印象的な彼女のことを、私は知らない。
けれど彼女は私を知っている………デジャブだ。

「有吉(ありよし)商事のエリカよ」

有吉商事…と言ったら、たしか最近経営難に陥っていると風の噂で聞いたことがある。
中小企業で、業界では老舗店を取引先に扱うのが上手いことで有名だ。

「エリカさん、蒼泉のことをよく知っているようですが、彼とはどのようなご関係ですか?」

有吉商事のエリカさんは、私に用はない。
きっと仕事は関係ない。彼女は蒼泉のことで私に声を掛けたのだろう。
エリカさんの鋭い目が、そう言っている。

「よく聞いてくれたわ。 単刀直入に言わせてもらうけど、蒼泉さんを私に頂戴」

本当に単刀直入だ。
蒼泉をくれって、そんなこと私に言われても困るんだけどな……

「この春、有吉商事は一条コーポレーションに吸収合併されることになったの」

吸収合併!?
なんでしょうその話、初耳だわ。
ていうかエリカさん。自分の会社が吸収されちゃうのに、どうしてそんなに嬉しそうなのよ。

「私ね、蒼泉さんのことを想っているわ。 愛無き結婚なんて可哀想。 それにたかがそこらの和食店の娘より、有吉商事の令嬢である私の方が彼に相応しいしね」

「エリカさん……」

水を差すようで悪いのだけど、蒼泉はエリカさんのような〝寄ってくる女〟との結婚を避けるため、〝寄った女〟であるたかがそこらの和食店の娘に結婚を申し込んだのよね。
社長令嬢のハートまで射貫くだなんて、ほんと、蒼泉って魔性の男。
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