冬よ花弁「序」。彷徨う街で君を探すなら

ラストレターに寄せて

そういえば
オレは1番 一族の血が濃いとか
云われていたか?

隣に座る、
祖父に瓜二つ似た
さっき出会ったばかりの
老人の横顔を
レンは
見つめて思う。

ベレー帽のサイドからは
真っ白な髪が見えるが、
思う通りなら、
あの帽子の中は 禿げてる
だろう。

フサっと口髭も白くなっているが
長身の背中はすっと
伸びて、手には杖。

それなら
祖父さまに似るだろうと
云われたオレの
姿は、
この隣に座る
老人に瓜二つになる
未来がくるのだろうか。

レンは、しげしげと
彼の横顔を観察する。

「嫁さんがねー、母親に
似た人に会えたって話ねぇー
聞いた時に、別に不思議じゃ
ない話だよって思ったねぇ。
狭い地元なら、なんらか血縁者
もだんだん増えてくる。」

なのに、お兄さんの
お祖父さんに、自分が似てると
きたら、
さすがに 不思議で
驚くよーと、
彼は しゃべっている。

「その入れ物、捨てますよ。」

レンは、空になったであろう
スチロールの器を、
祖父に似た老人の手から
受け取りながら

「奥様、ご病気か何かですか。」

続きを聞いてみる。

さっき祖父に似た横顔で
老人が 溢した言葉は、
レンには
気になる話だった。

昼前にもなれば
豆腐カフェのテント屋台にも
人が多くなりそうだが、
まだ早いからか、

テーブルには
レンと祖父似の老人だけだ。


「認知症だよ。えーそうさ、
レビー症候群ってのもかな。
もうねぇ、こんな旦那も忘れて
るよ。年取ると ある話さ。」

この先にあるホームに
夫婦で入ってるんだがと、
彼は 杖に両手を
乗せて 薄く笑う。

「それが良かったのか、どうか。
自分を忘れた 嫁さんがよ
ホームに入って
出来た友達に
良い年して懸想するんだよ。」

自分達が夫婦だったのは
忘れてしまうのに、
毎日 その友達に 恋をする嫁。

それを、見る毎日なのだと。

「80も過ぎてだよ、とうに夫婦に
色恋なんかないっしょって
話だよ。 だけどさ、
男ってのはよ わかんないねー」

つまらん話して すまんよと、
自分にも似てる
隣の老人が、今度は
レンに気を使うように
また薄く笑うと、

レンの眉や、口が僅かに歪んで
何かとても胸が痛む。

「それで、ラブレター、ですか」

彼が握る白い封筒を
レンは視線を向けて
少し冗談めかして聞いてみた。

うん、まあねぇーと、
返事が返されて、
レンが 明るくなるように
言った言葉に

自分が似るだろう顔をした老人は
何処か泣きそうにした。

「ホームで書くのも なにげに
気ーつかうんだよ。それでねー
モーニングがてらさ。」

あっちに
早いモーニングの店があるから
ホームを抜けて、
そこで 手紙を書いた
というわけさと、
白い封筒を
レンにヒラリと振る。

顔は
確かに祖父に瓜二つだが、
話し方や、
思うに性格はきっと違うなと
レンは朧気な記憶を起こす。

祖父より、ずっと
この老人は 気安いのだ。

「それが、死者からの手紙に?」

レンが目の前に出された
封筒にそっと片手を添えた。
ごく普通の封筒だ。

すこし、通りの人が多くなって
レン達の前を 小川の様に
人が流れ始める。

「そうさ、面白いんだよ。これ、
この箱にさ、入れて保管して
貰えるんだよ。あとは、そら
そこの角っちょのポストから
郵送する。それで完了だっけ」

封筒に、
写真も入れたしと、
独り言で確認して

ごそごそと、
これまた 祖父と同じように
肩からかけた鞄から、
彼は
白い箱を出してきた。

真っ白い箱は
とてもしっかりとした
特別に見える
作りになっている。

「これもさ、嫁さんから教えて
貰ったんだよ。嫁さんねー
終活?ってーの?テレビで見て
まだ頭がしっかりしてるうちに
いろいろやってたねぇー。」

自分の事を忘れたのは
ここ1年ぐらいからだよと
言いながら、
レンの目の前で 祖父に似た彼は
箱の中に
さっきから レンに見せている
封筒を パサリと入れた。

「じゃあ、奥様もこの箱を
用意してらしたんですか。」

レンは
沢山の見知らぬ人が
地蔵堂に向かい、又帰る中で、
寒ざらしの中
彼が入れた箱が 封をされる
儀式を
不思議な気持ちで見ている。

ここに赤の他人な
自分が見ていていいのだろうか
と思うわけで。

「だよー。嫁さんが死んだら、
わしの処に届くのだとさ。」

祖父に似た彼は
全く気にもしてなさそうで
それこそ、
人が流れる川の
畔で 孫に話すように
自分の様子を見せている。

「長年連れ添ってさ、
空気みたいなモノが、定年が
きてお互い体にガタがきたか
言ってるうちにさー。」

嫁さんの世話が始まって、
子供に 夫婦でホームに
入るよう勧められてと、

彼は 隣りで、
箱に
宛名を書いて言う。

「気がついたら、嫁さんは
わしの事忘れてたよ。嫁さん
には、旦那じゃない わしは、
只の ホームの顔見知りだよ。」

きっと、
自分が先に死んで、この箱が
届いても 元旦那からの
手紙とは 思わないだろうよ。

丁寧に、
取り出した 切手を
宛名の横に 貼り付ける為に

祖父に似た
白い口髭を蓄えた口から
ペロリと舌を出して
彼は切手の背を舐めた。

レンは、
その口髭から見える舌が
見えると、無性に
目頭が熱くなって

「手紙に、ご自分が夫だとは
書いてないって、事ですか。」

なら、、少し声が掠れた。

貴方は、そこに

「君が好きだ、愛してる。」

だけだよー。笑うなぁ。
記憶に見た
祖父と同じベレー帽を
片手で、頭から 取って、
老成した 頭皮を
つるんと照れたように
撫でる彼の横で、

レンは 空を仰ぐ。

「そう、、ですか、、」

レンには、
今はそれが精一杯出せる
音で、

お互いは 横に並んで座る
だけで、視線は交わさないで
佇んだ。

こんなに要約された
燻された烈情を

赤の他人のレンに
垣間見背ておきながら

祖父に本当に良く似た老人は、
そのまま 角に見える
ポストに、
カタンと
箱を投函した。

その音は レンの耳に酷く
胸に締め付けられて
届いたのは、
レンの気のせいじゃない。

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