冬よ花弁「序」。彷徨う街で君を探すなら

もう1つの故郷ともいえる場所

「1月1日に、参ると
『亡くなった人に似た人物』に
会う 地蔵、、面白いですね」

レンは、
自分の前に出された ミカンを
手に取りながら、
コタツでニコニコと
人の良い笑顔をする、家主の話を
品良く 聞いていた。

「レンさん、今年 お母さん亡く
なったんだっけ? そう、
うちの子に聞いたからさ。」

明日に
寄って行きなよと、
目の前に座る
家主=部下カスガの母親は、
ピーナッツを口に入れた。

クリスマス明けに
京都の祖父の墓参りに下った
レン。

それからとんぼ返りで
首都に戻り、
年内最後の仕事を納めて
企業研究所デスクに戻ると、

年明けに使う 真新しい名刺が
総務女子からの
『お疲れ様です。来年こそは
ご飯しましょう。』付箋と
一緒に置かれていた。

毎年、年が開けると
企業や、行政では
『御礼会』が開かれ
そこでは、一同介して
一括で新年の挨拶をする。

よって大量の名刺を
新年早々 その場で
バラ蒔く為、
仕事納めの日に は
新年用の名刺が
用意されるという習わしが、
レンの企業にはある。

ただ今年の
新年明け御礼会は、
新型ウイルスの
影響で中止となっている。

それでも、
企業のルーティン慣例か
こうして新年名刺が 置かれて
いるのだが。

「カスガの名刺と 間違えてる」

デスクに乗せられた
名刺ケースを一瞥して
レンは一言唸った。



相模国の北西部地域。

タイミング悪く
レンの部下、カスガは、
このご時世に
地元へと
間違えてレンの名刺を
持ったまま地元へ帰省していた。

何日か前に、
全国で記録的な
大雪が降り、
カスガの母親が雪で転倒。
脳震盪を起こして、
大変だとかを、レンは
カスガから聞いている。

が、目の前のご仁は、
思っていたより元気そうで、
レンは心底安心した。

「まさかとは思っていましたが、
お元気そうで 安心しました。」

大学の後輩でもある
カスガの実家には、
レンもこれまで 何回か顔を
出していて、
カスガの母親には
ことのほか
気に入られている。

「いやだよ、レンさん
うそこでも、体だけは丈夫な
この子の母親よ。へぇーきよ。」

きゃらきゃらと、カスガの母親は
明るく話しているが、
たまにふらつくからと、

年末のお節料理を 母親の
代打で父親が作らされ、
年末家事の助っ人に
カスガが 実家に呼ばれて来ている
のを、
レンが追いかけてきた次第だ。

それもこれも、
カスガがレンの
新年名刺を 間違えて持って
行っていたからで。


「でもよ、レンさん 転んですぐは
さすがの俺も 、とうとう母さんが
大山に行くか 思ったべ。」

カスガの父親が 包丁片手に
レンへ真顔で話す。

「親父!数の子つまみ食いした
っしょ!くっちゃべってないで
手ぇー動かしなよ。先輩、
すんませんっす。
うざったいっすよね、うちの親」

カスガが、
母親のエプロンをして
父親の首根っこを掴む勢いに
台所から 顔を出して
レンに詫びる。

「あんでよ。くっちゃべって
ないさ。報告、報告!お母さん
どんな状態か 、レンさんも
わかんないと、そら心配だべ?」

そういいながらも、
カスガの父親は、母親が
コタツに広げている ピーナッツに
手を伸ばして、口に入れた。

それにしてもと、
カスガの母親は 嬉しそうに、

「いさしかぶりに、レンさんの
お姿、拝見できたんだから、
うちのバカ息子は孝行ものよ。
間違えてレンさんのモノを、
うちに持って帰った お蔭さ。」

そう言うと、
カスガの母親は また1つ
レンの前にミカンを置いて、

「レンさんは、うちの子みたい
なもんだよ。遠慮しないでさ。」

と優しく笑う。

そして、さっきの話を
レンに聞かせた。

「ちょうど その窓から見える
のが大山よ。お講もある山だよ」

カスガの母親曰く、

この辺りでは
亡くなった人の魂の門が
大山で、
神様や魂が下界に近づく
正月と盆の口に
お地蔵様にお茶を
お供えすると
亡くなった人と似た人を
連れて来てくれるのだと。

「『お講』って事は、『富士講』
みたいに、霊山として登山
詣でも、あるということですか」

レンは、3市に渡って聳える
山影を、言われた窓から見る。

「昔はよ、お山のお不動さんに、
お参りしてたんだよ。今は、
麓に、お寺とかさ、お堂が
あったっけ 。そこなら、
亡くなってすぐ だと
101日参りすると会えるだよ。」

いつもなら、
屋台とかも出るけど、
今年は 静かに詣でるようにって
話だけどさ、レンさんも
お母さんに似た人に
きっと会えるよと、

付け加えて
カスガの母親は
だから!
今日は 泊まっていけと
レンに 半ば無理やり
言い付けた。

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

レンは未だ台所で
父親とお節作りに格闘する
カスガに苦笑する視線を投げて
答えた。

カスガは、今日には
首都のマンションに戻る。

愛する妻と子ども達との大晦日を
迎えるために。

例年なら
カスガと愛妻の
互いに実家があるこの地元に
愛妻子供5人で
帰省するのが、

今年はウイルス蔓延で
叶わないのだ。

「お父さん!レンさん、泊まって
くれるってよ!うえー部屋、
かたしてさ。いらないモノ、
はしっちょにうっちゃってよ!」

レンの言葉に、カスガ母親が
色めきだつが、

「え!先輩!いいんっすか?
うちの親、ちょーかったるい
話ー、夜通しするっすよ!」

覚悟した方がいいっす。

カスガが慌ててレンに
いうと、
カスガの父親も、

「なあ母さん、オレのお節さ、
レンさんの口にあう自信ない」

と、あまりに
情けない声をだしたので、
レンと母親は
大笑いをした。

きっと元旦である
明日の朝には、
焼いた角餅に、澄んだ出汁を
ベースで、

大根と里芋をはじめ
彩り良い様々な具材が入った
雑煮を
カスガの父親が もてなして
くれる。

「楽しみです。」

柔らかな長年夫婦のやり取り。

『氷の貴公子』レンが 笑った。
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