今宵、狼神様と契約夫婦になりまして(WEB版)
 こんなやり取りを見たのは、ここに来て初めてかもしれない。
 しかし、相澤のほうも頑として引かなかった。普段の悠翔に甘い様子からするとここまで駄々を捏ねられたら「仕方がないなぁ」と折れてしまいそうなものだが、ここは絶対に引けない理由でもあるのだろうか。

「悠翔君、お姉ちゃんと一緒に待ってようよ」
「やだ。僕もお兄ちゃんと行く」
「悠翔、いい加減にしろ」

 先ほどまでは穏やかだった相澤の口調が、一段低いものへと変わり、表情も険しくなる。
 悠翔はそこでようやくこれ以上我が儘を言っても通じないと悟ったようで、口を引き結ぶと目に涙を一杯に溜めた。

「新山。すまないが、悠翔を頼む」
「はい、わかりました。行ってらっしゃい」

 陽茉莉はこくりと頷くと、相澤を見送った。
 コツコツという足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。それとほぼ同時に、悠翔がうわーんと泣き出した。
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