料理男子、恋をする

婚約者(1)


大きな包みを抱えてタクシーを探そうと店を出ると、店の向かいの電柱のところに止まっていた車から一人の男が降りてきた。薫子のことを見つけると、その男は薫子に近寄り薫子に呼び掛けた。

「薫子さん」

声を掛けられて、薫子は男の存在に気付いた。驚いた。今日、今の時間にこんなところに居るとは思わない人だった。

「望月さん……」

「どうして約束を破ったんですか。僕との約束より、大事な用事ですか」

詰め寄るように男――望月――は薫子に近寄った。薫子は毅然とした態度で、約束はお断りしたはずです、と望月に応えた。

「兄からお伝えしてあった筈です。そもそもお約束も、最初に聞いたときにちゃんとお断りしてる筈です。私が今日何処で何をしようと、私の勝手です」

はっきりと言う薫子に、望月は苛立ちを露わにした。

「婚約者の誕生日パーティーに出席しないのは、どうかと思います」

「婚約のお話も、既にお断りしている筈です」

「僕は認めていない」

大きな荷物を持っていた薫子の反対の手――左手――を望月が掴んだ。

「まだパーティーに間に合う。今から戻りましょう」

ぐっと望月の手に力がこもる。力任せに腕を引かれて、薫子が態勢を崩すかと思った、その時。

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