金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
プロローグ
 彼の肩越しに見える景色が、ピンク色の壁から紫色の天井へとうつっていく。目がチカチカする落ち着かない配色だ。噂には聞いていたが、ラブホテルというところは本当にこんな内装をしているのか。遠足に来た子供みたいな気持ちで、芳乃はそんなことを思った。

「なに見てるの?」

 芳乃に覆いかぶさっている彼がふっと薄く笑う。なめらかな肌も血色のよい唇も、芳乃がとうに失ってしまったものを彼は当然のように持っている。いや、芳乃は初めから持ってはいなかった。彼のような人種と自分とは別の生き物だ。

「その照明。おもちゃみたいなのね」
「ははっ。休憩4800円のラブホと芳乃さんちのシャンデリアを比べたらダメでしょ」
「嫌いじゃないわ。なんかかわいい」

 チープなガラスのシャンデリアもメルヘンな色合いの壁も、子供の頃に好きだったお人形の部屋みたいで懐かしさを覚える。

「おもちゃのシャンデリアより俺を見てよ」

 芳乃はビー玉みたいにキラキラと輝く
霧斗の瞳を見つめる。この眩しさは若さゆえ、だろうか。

「霧斗くんもかわいい」
「芳乃さんもキレイだよ」

 お世辞なのはわかっている。謙遜でもなんでもなく、芳乃の容姿は凡以下だ。38年も生きていれば、そのことは自分が一番よく知っている。
 普通の女は老いることを嫌う。だが芳乃は、おばさんと呼ばれる年齢になることに安堵していた。若い頃には歴然としていた容姿による格差が目立たなくなるからだ。どんな美女でも、おばさんはおばさんだ。その事実は芳乃はほっとさせてくれる。



 
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