金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
霧斗の花屋へ行くのは、いつも金曜日と決まっていた。木曜日の今日、彼に会えるのか少し不安に思いながらも芳乃は店へ足を運んだ。明日は両親と匠との食事会だ。さすがに霧斗と会う時間を作ることはできないから。それを直接伝えたかった。

 カウンターの中に彼の姿を見つけて、芳乃はふっと笑みをこぼした。霧斗の存在は癒やし
だった。男と女でなんて、なくていい。彼がただそこにいてくれれば、芳乃はそれで十分だった。

「霧斗くん」

 そう呼びかけようとして、芳乃ははたと口をつぐんだ。霧斗がこれまで見せたことのない表情をしていたからだ。憎悪と執着とが激しく入り混じった目で彼は一点を見つめていた。
 その瞬間、芳乃はすべてを理解した。霧斗のその顔はあの日の里帆子にそっくりだった。彼も同じなのだ、里帆子や芳乃と。満たされないなにかを抱えている。

 霧斗の視線の先にいるのはオーナーの娘だ。娘といっても、霧斗よりは年上だ。そろそろ三十路なのにいまだに独身で……とオーナーが愚痴をこぼしていたのを覚えている。明るく丁寧な接客で、客からの評判はすこぶるいい。その彼女がサラリーマン風の男に話しかけられ、照れたような笑みを見せていた。男はただの客ではなさそうだ。けれど、恋人にしてはやや距離があるような気もする。
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