彼女は溺愛されていることを知らない
 年末年始の休みが明けたので会社に出社した。

 すっかりなまってしまった身体に早起きは辛かったが、気合いを入れていつもより早めにアパートを出た。

 地下鉄で会社の最寄り駅まで行き新年の清々しさと休み明けのけだるさをないまぜにしたような人の波に巻き込まれつつ社屋まで辿り着く。

 人の良さそうな老齢の守衛さんに新年の挨拶をし、エレベーターではなく階段へと足を向けた。

 私の勤務する第二事業部があるのは八階。

 三階の踊り場まで昇ってから少し後悔した。ヒールでなくパンプスを選んでおいたのは正解だったと思う。

「大野」

 背後から声と革靴のコツコツという音が近づき私をどきりとさせた。
 
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