いつか自分を愛せる日まで
ピピピ...


いつもより早くセットした目覚ましで目が覚める。


カーテンの隙間から漏れる朝日は


薄暗い部屋を優しく照らす。


まだぼやける視界は


少しずつはっきりしていく。


『また、朝か_』


そう言って起き上がる少女は


窓の外を覗く。


日の光が反射して煌めく水溜まり。


雲ひとつない青空を映すそれは


吸い込まれそうなほど


澄んでいて、綺麗だった。


『昨日の夜に雨でも降ったのかな』


そんなことを考えながら


朝ごはんの準備をする。


焼きあがったトーストにバターを塗り、


温かいココアを持って椅子に座る。


いつも通りの朝と


いつも通りのニュース


代わり映えのない朝。


幸せさも薄れてきたそんな朝。


両親を事故で亡くしたあの日から


しだいに私の居場所は薄れていった。


親戚は私を


『面倒はごめんだ。』と


誰も引き取ってはくれなかった。


『どうせなら、私も一緒に死ねばよかった。』


そう思うことも少なくはなかった。


ただ、今こうして普通の生活出来ているのは


親戚の叔父さんが『一人暮らしで部屋も余ってるから。』と


自分の家に私を住まわせてくれているおかげだ。


学校へ通えている。


『もうこんな時間』


そう言って私はテレビを消し


朝食を片付けた。


叔父さんがまだ寝ているか確認し


テーブルの上に


家の鍵と


破ったノートに


“本当にありがとうございました。”


とだけ書いた手紙と


バイトで貯めたお金を封筒に入れたものを置き


学校用の鞄を持って家を出た。


叔父さんはきっと私を探さないだろう。


叔父さんと話したのはほんの数回だし、


私に興味なんてなかっただろうから。


私はそんなことを考えながら私は歩いた。


だけど、向かうのは学校じゃない。


私は大きな橋に向かった。


まだ早い時間ということもあり人通りは少なかった。


そう、今日私は


ここで“死ぬ”。


柵に足をかけて


飛び降りようとしたとき__


『ねぇ、何してるの?』


不意に誰かに声をかけられた。


『!!』


声のした方を見るとそこには


いかにも、今から仕事に行きます、というような


ビシッとスーツで決めた20代くらいの男の人がいた。


『自殺しに来たの?』


『はい。』


そして、男の人は話を続けた。


『へぇ、そっか。


ここ自殺の名所だもんねー』


ここって自殺の名所だったんだ。


歩いて行ける範囲で


1番遠くて人通り少ないところ選んだのに、


自殺の名所とは知らなかった。


完全に私の情報収集不足だ。


ハルカゼアサヒ
『僕、春風 朝日って言うんだ。


普通の会社員だよ。


君、名前は?』


男の人は聞いた。


“春風 朝日”_か。


私とは違って名前も雰囲気も温かみがある。


ジメジメした私とはまるで違う世界の人間だ。


アマミヤ レン
『雨宮 蓮 です。』


私は答えた。


私は少しでも早くこの大嫌いな世界から、


一人ぼっちの世界から、


いなくなりたかったから。


『蓮ちゃんはなんで死にたいの?』


『一人ぼっちで生きてても楽しくないからです。』


『そっか。じゃあ、しょうがないね。』


『え?』


意味がわからなかった。


『怒らないんですか?』


『なんで?』


『だって楽しくないって理由だけで自殺するんですよ??


こんな馬鹿みたいな理由、怒るでしょ?』


『蓮ちゃんは怒って欲しいの?』


『怒って欲しいわけじゃないですけど


大人はみんないつもそうだったから。』


『別に怒ったりしないよ。


ていうか、止めても無駄でしょ?


蓮ちゃんが死にたいならそうすればいい。


人間みんな権利ってものがあるんだから。』


『権利...』


私にはそんなものないと思ってた。


私には生きる権利があるのだろうか。


人生を歩む権利があるのだろうか。


両親が亡くなってから


親戚に引き取られ


不自由なく過ごせたものの


その生活を“幸せ”とは呼べなかった。


自分の意見も言えず


周りに流されてばかり


そんなんだから高校でもいじめられた。


そんな毎日に嫌気がさして


ここに来たのだ。


『実は、


僕も死ぬべき人間なんだ。』


『えっ?


どういうことですか。』


『君は知らなくてもいいことだよ。』


『嫌です。そこまで言ったら気になります。』


『死ぬんだったら知っても意味無くない??


それに僕と君今日会ったばかりだよ?』


正論すぎて耳が痛い。


ただ、それは春風さんもじゃないか?


会ったばかりですぐ名前呼びだなんて。


でも、知りたい。


春風さんのことをもっと知りたい。


生きていれば知れるのかな。


直感だけどそう思った。


『んー、じゃあ、私死ぬのやめます。


でも帰る家無いんで今日からホームレスですけどね笑』


『え?』


今度は春風さんが驚いてる。


なんか面白いな。


『そんなあっさりやめていいの?』


『だって今一瞬、少しだけど生きたいって思えたんですもん。


私、春風さんのこと知りたいです。


毎朝ここ通るんですか?』


『“生きたい”か_』


春風さんが一瞬悲しそうな顔をした気がした。


『あ、いつも通るよ。』


『じゃあ、毎朝ここで1つ質問します!!


だから絶対ここ通ってくださいね。


私ここでダンボールでも敷いて寝てますんで。


あ、きもかったらいつでも通報してください。』


『んー、それはだめかな笑』


『えっ、なんでですか?』


『蓮ちゃん高校生でしょ。


その制服あそこの高校だよね。


可愛いんだから危ない人に捕まっちゃうよ。


だから、僕の家に住むんだったら良しとしよう!』


『え、それこそだめじゃないですか笑?』


『でもホームレスはさすがにだめ笑。


もう家に帰れないんだったら家おいで。


僕一人暮らしだから。』


いや、一人暮らしの若い男の人の家ってさらに危ないんでは??


そう思いながらも春風さんは何となく信用していい人だと思った。


そんなことを考えてるうちに春風さんは会社へ電話していたみたいだ。


『今ね、遅れますって会社に言ったから家へ案内するよ。』


『え、こんなことで遅れちゃっていいんですか?


私はいいんで会社行ってくださいよ笑。』


『いや、女子高生置き去りの方がだめ笑。』


そう言いながらも私は春風さんについて行っていた。


ガチャ。


『はい、どうぞ〜』


『お、お邪魔します。』


一人暮らしの20代男性の部屋とは思えないほど


綺麗でシンプルな部屋だった。


『ココアでいいかな?』


『はい。』


『じゃ、僕仕事行ってくるから


嫌だったら出てっていいからね。』


『わかりました笑。』


バタン。


春風さんを見送ってから


私は入れてもらったばかりのココアを飲む。


『美味しい。』


誰かに入れてもらったココアなんていつぶりだろう。


温かいな_。


一息ついてから誰もいなくなった部屋を見渡す。


出ていこうか?


いや、待ってよう。


生きたいと思えた理由になった


“春風さん”を__






『...ぃ


ぉーぃ


おーい』


『っ!』


『蓮ちゃん起きたー?


ちゃんと待ってたんだね。』


『春風さん!』


『朝日でいいよ。


蓮ちゃん夜ご飯何がいいー?』


『えっと


な、なんでも食べれます...』


『そっかー、


じゃ、なんか作るねー。』


そう言って春か...


朝日さんはキッチンへ向かった。


手際よく料理をする朝日さんが見える。


そのうち、温かくていい匂いがしてきた。


『はい、出来たよー』


そう言って出されたのは


オムライスだった。


『へへっ、僕の得意料理!


綺麗にできてるでしょ?』


『はい。すごく美味しそう...』


ぱくっ


『美味しい...』


なんでか分からないけど


たくさんの何かが込み上げてくる感じがした。


『でしょー...って


なんで泣いてるの?!』


『ゔぅ゛だっでぇ゛ー』


気付けば私は大粒の涙を流していた。


『ま、まぁそんなに泣いて喋られてもわかんないから


とりあえず食べて食べてっ!』


『はい゛ぃ゛』


涙でオムライスがしょっぱかったけど


とっても美味しかった。


朝日さんは片付けまでしてくれて


食後のプリンも出してくれた。


『落ち着いた?』


『はい、もう大丈夫です。』



『私、あんなに暖かい心のこもったご飯食べたの久しぶりです。


優しさたっぷりで柔らかい、


母の味に似てました。


私、両親が死んでから一人ぼっちなんです。


もちろん親戚はいました。


世話もしてくれました。


だけど、何か違うんです。


何不自由なく過ごせたのに


“幸せ”とは呼べなかったんです。


学校でもいじめられて


もうこんな世界に居たくないって思ったんです。


でも、今日朝日さんと会って感じたんです。


この人は暖かい人だって。


本当にそうでした笑。』


『そっかぁー、


僕が“暖かい人”かぁー...』


最後に朝日さんが『そんなことないのに』って小声で言った気がした。


『なんで笑うんですか笑?』


『あんな思い詰めた顔の子がそんなこと考えてたんだなーって思って笑。』


『え笑?』


『だって蓮ちゃん


今日の朝あったときすごい顔してたもん。


目が死んでた笑。』


『そうですか笑?


まぁ少なくとも朝日さんのおかげで


少しだけど“生きたい”って思えるようになって


光が見えた気がします。


ありがとうございます。』


『いえいえ。


生きる理由が僕なんかでいいのかな笑?』


『いいんです笑!


あっ、そうだ、


朝言ってた“死ぬべき人間”ってどういうことなんですか?』


『あ、あぁ


ちゃんと覚えてたんだ。』


『覚えてますよそのくらい!』


『知りたい??』


『もちろんです!そのためにここに来たんですから笑!』


『僕ね


病気なんだ。


治らないの。


家族もいなくて、一人ぼっちだった。


どうせ死ぬんだから、もういいや、死んじゃおうって思って


自殺の名所って言われてるあの橋に行こうと思ったの。


どうせなら有名なとこがいいなって。


朝早いから怪しまれないよう、スーツ着て鞄持って家を出た。


そしたら、蓮ちゃんがいたんだ。


あの子も死ぬのかな、


僕と同じ一人ぼっちなのかなって考えてたら


もう声かけちゃってた笑。』


『え、』


朝日さんが?


私と同じ理由であそこにいたの?


『でも今日君に出会った。


最初は君に先に死んでもらってから僕も死のうって思ってたんだよ。


ほんと最低な人間だよね。


でも、君が僕を知りたいって言った。


まるで僕に生きてって言ってるみたいで


君のキラキラした瞳が眩しくて


僕も生きなきゃなって思った。


ありがとう。』


朝日さんがそんなこと思ってたなんて...


『こちらこそありがとうございます。


朝日さんは最低な人間なんかじゃないですよ。』


『そうかな笑?』


そう問いかける朝日さんは笑っていたけど


あの時と同じ“悲しいそうな顔”だった。


『そうですよ笑!』


だから私も少し悲しくなるのだった_。


それから朝日さんは私を部屋に住まわせてくれた。


学校には行かなくていいから、と


いじめられていた私を心配し、


通信制の高校にした。


家にはいつも朝日さんが帰ってきて


美味しいご飯も作ってくれた。


たまに私が料理をすることもあった。


たくさん笑って


たくさん話した。


両親が亡くなってから今までで1番と言っていいほど


“幸せ”だった。









ピピピ...


いつも通りの目覚ましで目が覚める。


目から暖かいものが零れる。


頬を伝って、枕に染みる。


なんだか、懐かしい夢を見ていたような


そんな気がする。


本当にあの時は幸せだった。


幸せ“だった”__。


私は、あの時朝日さんに“権利がある”って言われたのがきっかけで


弁護士をめざし始めた。


高校を中退し通信制に通い、


大学まで行かせてもらえた。


まぁ、バイドをかけ持ちしてたものの


さすがに大学に通うお金を全部は用意できないので


少し朝日さんに負担してもらった。


本当に甘えてばかりだったな。


大学に通う頃には朝日さんは病院に行くことが多くなった。


私は勉強の甲斐あって


法律事務所に


弁護士の見習いとして入ることができた。


その頃には朝日さんは入院していた。


日に日にやせ細っていく朝日さんを見るのが辛くて


私はだんだんお見舞いに行かなくなった。


そして、先日、朝日さんは亡くなった。


今日のお葬式で私は親族として出席した。


自分でも信じられないくらい泣いた。


いつかこの時が来るってわかってた。


分かってたはずなのに


なんでこんなに悲しいんだろう。


もっとお見舞い行けば良かった。


もっと『ありがとう』って言えば良かった。


心の中でいっぱいいっぱい


『ごめんなさい』って言った。


罪悪感から


私はあとを追いかけようと思った。


とりあえず、


朝日さんの荷物を片付けて


私の荷物も処分してからにしようと思った。


『ん?』


朝日さんの部屋を掃除してると綺麗に封された手紙が出てきた。


『雨宮 蓮さんへ』


私...宛?


丁寧に封を切る。


『雨宮 蓮さんへ


この手紙を見つけたってことは


僕はもうこの世に居ないんだね。


あー、この台詞言ってみたかったんだぁー。


って、ごめんごめん笑。


遊ぶのはここまでにするよ。


まず、蓮ちゃん今までありがとう。


こんな僕に生きる理由を与えてくれてありがとう。


蓮ちゃんのおかげで僕は自分を好きになれた。


正直言うと蓮ちゃんは、僕の後を追いかけてきそうで怖いです笑。


絶対にそんなことしちゃだめだよ。


せっかく法律事務所入れたんでしょ?


めちゃめちゃ勉強頑張ってたじゃん。


僕知ってるんだからね。


だから絶対だめ。


もし来たら怒るからね。


僕のためだと思って頑張って。


そういえばお見舞い途中で来なくなったよね。


寂しかったなぁ。


でも蓮ちゃんのためだと思って我慢したよ。


多分さ、漫画とか小説の世界だったら


ここで好きだって伝えるところなんだけど


もう、好きとかそんなんじゃ収まんないよね。


蓮ちゃんには生きてほしい。


僕の分まで生きてほしい。


好き。大好き。


付き合いたいとかの好きじゃなくて


もう、それ以上っていうか


家族みたいな。


蓮ちゃんは大好きでとっても大切な人。


だから


自分の人生思いっきり楽しんでね。


僕は蓮ちゃんと会えて本当に良かった。


ありがとう。


春風 朝日より』


読み終わる頃には


顔がもう涙でびしよびしょだったけれど


そんなの気にならなかった。


ただ、朝日さんが


私と同じ気持ちだったのが嬉しかった。


“家族くらい大切な人”


朝日さんもそう思っていたことが何より嬉しかった。


“自分を好きになれた”か、


私はどうだろう。


朝日さんに出会ったあの日から


私は何一つ変わってない気がする。


自分のことなんてどうでもいい。


朝日さんじゃなくて私がいなくなれば良かった。


そんな風に思ってしまうのは


今も同じだ。


別に自分を好きになる必要がなかったから。


友達だっていない。


家族だっていない。


何一つだって自慢できるものがない。


私には才能も魅力も生きる価値すらもない。


そう考えていた。


でも、その考え方を変えてくれたのは朝日さんだった。


『才能や魅力がないと思うのは


それに気づいていないだけ。


価値は自分で決めればいい。


時には誰かを頼って


自分でいいと思った選択肢を選びな。


それが正しいとか間違ってるとか


誰も知らないんだから。


蓮ちゃんが生きたいように生きな。』


そう言われたっけ。


まだ私は自分を愛せないのかもしれない。


ただ、これから愛せればいいな、


少しでも好きになれればいいな、


そう思ったのは確かだ。


朝日さん、見てますか?


私、頑張ります。


転んでも挫けても


何度だって立ち上がってみせます。


いつか自分を愛せるその日まで__
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