わたしたちの好きなひと
第8章『きみの名を』
筆者注)
時刻表は2020年の執筆時のものです。
年々速度を増す日本の誇り、新幹線。

 * * *

 午前8時24分東京発の新幹線のぞみ号は、関東圏を出ると名古屋と京都に止まる新大阪行き。
 そのひそひそ声がわたしの座席にも伝わってきたのは、次は名古屋と車内アナウンスがあったので、腕時計で時間を確かめた10時過ぎ。
「あいつら、きしめん食いに行くってマジか」
 きしめん?
「食う? 名古屋って、そんなに長いこと止まるのか?」
 止まるわけないじゃん。
「でも、あいつら降りるってよ?」
 あいつら?
 降りる?
「ちょっと!」
 あいつら?
 あいつらってだれ?
 まさか……。
「やべっ。稲垣にだけは聞かれるなって言われてたのに」
「逃げろ!」
 逃がすか!
 こら! お待ちっ!
 ゆれる新幹線の通路を、あちこちぶつかって、トランプは飛ぶやら、ジュースはハネるやら、あげくは寝ていたウォーリーの頭をこずくやら。
「な…なんです! なにごとですかっ」
 1-9分けのもじゃもじゃ髪が、寝ぐせで斜めにつぶれている。
 吹き出しかけたのをこらえて伏し目になったのを、ウォーリーは勝手に誤解してくれた。
「稲垣さん。おトイレなら、もうちょっと…お上品にお顔いしますよ」
 うぐぐぐぐ。
「がははははは」「ぷははは」
 だれだ、笑ったのは。
 笑いごとじゃなーい。
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