【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

10 キノコ事情を説明します

 
 髪に合わせたらしい紺色の正装は、華やかでありながら力強い印象で、クロードによく似合っている。
 アニエスが礼をするとそれを手で制し、モーリスが近付いて何かを手渡すと、微笑みを返す。

 さすがの王族の気品と整った顔立ちは、興味のないアニエスから見てもほれぼれするほどだ。
 だが、胸に挿してある花を見て、嫌な予感がした。
 例えるなら、キノコの予感だ。

 花の色は少し濃い目のピンク色……アニエスの桃花色の髪色に近かった。
 自惚れだと、勘違いだと思いたいが、見なかったことにはできない。


「……あの、その花の色は」
「君の髪の色のつもりだ。もう少し濃い色にするか迷ったけれど、これで丁度いいな」
「全然、良くありません」
 思わず正直に答えると、クロードは苦笑した。

「無理に連れてくるような形になって、すまない。どうしても君と話がしたかったんだ。……それにしても、だいぶ雰囲気が違うな。そのドレスも、とても似合っている」

 目を細めるクロードに一瞬どきりとするが、よく考えれば前回はフィリップ仕様の姿だ。
 髪は見える面積を最小にするようまとめ、ドレスは装飾もほとんどない琥珀色で、アクセサリーもごく小さなものしかつけていなかった。
 単純に比較して色味が増したから鮮やかだ、という意味なのだろう。

「……何故、ドレスを用意なさったのですか」
「用意が間に合わないと聞いたから仕立てさせたのだが。気に入らなかったか?」
「そういう事ではなくて、ドレス自体がいらないのです。これから平民に戻る女に、無駄なお金を使わないでください」

 国庫から出しているとしたら文字通りの無駄だし、仮にクロードの私財ならばそれも無駄だ。
 アニエスが無駄遣いについて意見を述べると、クロードの眉が顰められる。
「平民? どういうことだ?」
 どうやらまったくわかっていないらしい反応に、アニエスは小さなため息をついた。

「殿下もご覧になりましたよね。あの騒ぎで、私は厄介な傷物であると周知されました。まともな縁談は望めません。弟に迷惑がかかる前に平民になって、せめて少しでも家の役に立つつもりです」
「あれは、君に落ち度はない。フィリップの不義だし、運命とやらもただの勘違いだ」

「私を少しでも哀れに思ってくださるのなら、どうぞ家に帰してください。この上一人で恥を晒せとは、あんまりです」
 フィリップを無条件で擁護しないのなら、少しは望みがあるかもしれない。
 アニエスは必死に訴えると、じっとクロードを見つめる。
 しばしの沈黙の後、クロードは大きなため息をついた。


「……どうやら、酷い食い違いがあるようだ。ともかく、もう舞踏会が始まるから行こう。話は後で」
 そう言うと、クロードは手を差し出した。
 まさに王子然とした態度は、従弟の元婚約者にするようなものではない。
 混乱したアニエスは、思い切り眉を顰める。

「俺のパートナーとして、参加してほしい」
「……何故ですか」
「君のパートナーになりたいからだ。それも、後で説明する」
 鈍色の瞳はまっすぐにアニエスをとらえ、揺るがない。

「……どうやら、一人参加で晒し者コースではないみたいですね」
「そんなこと、するはずがない」
「では、今後私に嘘をつかないと……裏切らないと誓ってくださいますか」
 いち伯爵令嬢が王子に言う事ではないと、わかってはいる。
 だが、そうでもしないと不安でとても一緒になどいられない。

「もちろんだ」
 不敬だとお叱りを受けるかとも思ったが、クロードは真剣な表情でうなずいた。
 どうせ逃げられそうにないし、信じてみてもいいかもしれない。
 だが、問題は他にもあった。

「それから、私に触れないでいただけますか?」
「もちろん、過度な接触は控える」
 クロードはうなずいているが、これは正しく伝わっていない気がする。

「いえ、そうではなく。手にも、触れないでいただきたいのですが」
 すると、クロードは少し悲し気に眉を下げる。
 不愉快だ失礼だと怒るのかと思ったが、意外な反応だ。

「だが、それではエスコートできない」
 それは確かに、その通りだ。
 手を引くにしても踊るにしても、一切触れないとなればほとんどの事が難しくなる。


「……わかりました。見ていただいた方が早いですね」
 アニエスが手を差し出すと、クロードは何の迷いもなくその手を取る。

 その瞬間、クロードの腕にポンとキノコが生えた。
 オレンジ色の傘には無数のササクレのような物があり、何だかヌメリで艶めいている。

「……これは」
 目を瞠っているクロードの前で、アニエスは手を伸ばしてキノコをむしり取る。
「ハナガサターケが一本。……このくらいなら、何とか我慢できそうです」
 散々キノコを生やしたので、キノコの数や種類でどれだけの恐怖なのかと、その後のキノコの大体の予想がつく。

 ハナガサターケは食用とも有毒とも言われるキノコだ。
 どうやらクロードに対しては不満はあれど、そこまでの恐怖はないらしい。
 キノコを一通り眺めると、モーリスに手渡す。
 さすがに、舞踏会にキノコ持参で行くわけにはいかないだろう。

「色は綺麗ですが、一応毒キノコです。食べないでくださいね。ちなみに、そちらのヤマブシターケは一応食用です」
 そう言ってキノコのエポレット状態の肩を指すと、モーリスは慌ててキノコをむしり取った。
 クロードはモーリスの手の平いっぱいに集まったキノコを見、次いでアニエスを見た。


「これは、君が?」
「わざとではありませんが。……気味が悪いでしょう? 会場がキノコだらけになってもいけませんし、私は帰った方がいいと思います」

「君に触れると、生えてくるのか?」
 触るとキノコが生えるなんて、どう考えても気持ち悪いし、怖いだろう。
 美青年に引かれるのは楽しい事ではないが、現実を見てもらった方が話が早いはずだ。

「触れれば必ず生えるわけではありませんし、触れなくても生えることもあります。まあ、ある程度は我慢できますが」
「なら、善処する。もし会場でキノコが生えても、歓迎……いや、君に迷惑をかけないよう気を付ける。それなら、来てくれるかな」

 今度は、アニエスが驚いて言葉を失う。
 てっきり、気味悪がられて帰れと言われると思ったのだが。
 あと、妙な言葉が聞こえた気がする。

 何にしても、元々断る術がない上にここまで言われてしまえばどうしようもない。
 アニエスが渋々うなずくと、クロードは安心したように顔を綻ばせた。




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【今日のキノコ】
ハナガサタケ(花笠茸)
黄色~オレンジ色の傘で、ザ・キノコな形。
湿気が多い時は表面にヌメリが出るらしい。
若い時はササクレ状の鱗片に覆われているが、すべてササクレだとするとかなり痛そう。
食用説と有毒説があるらしいが、そんなことを言われたら食べづらい。

ヤマブシタケ(「キノコの感度が上がっています」参照)
前話から、モーリスの肩を彩るエポレット。
いざという時には、食用としても活躍するはず。

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