【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

18 結局はキノコですか



(はさみ)、というのは?」
「ドレスを刻んで、スカートやアクセサリーに作り替えて売ろうと思いまして」
「な! そ、それはいけません。不敬ですよ」
 慌てて身を乗り出すモーリスの言い分はわからないでもないが、アニエスにも事情があるのだ。

「でも、今後使う予定もないのに、どうしろというのですか?」
「他の夜会で着てみては」
「殿下が正気に戻れば、平民に戻るつもりです。なので、ドレスがあっても仕方がありません。仮にも王族から贈られた物を、他人にあげるわけにもいきませんし」

「いやいや。王族が贈ったものを刻んで売る方がどうかと思います」
 まあ確かに、それは一理ある。
 だから一応確認するまで鋏を入れなかったのだが、この様子では難しそうだ。

「では、誰かにあげてもいいでしょうか」
「いえ。あれはあくまでも、アニエス様に贈られたものですから」
「なら、次の呼び出しは、あのドレスを着ます。仕立て屋は呼ばないでください」
「呼び出しって……。同じドレスは、どうかと思います。それに、新しいドレスは殿下からの贈り物ですから」

「ということは。新しいドレスを着る。前回のドレスは着てはいけないが、あげたり売ったりしてもいけない、ということですよね。結局は平民生活開始時に燃やすことになります。もったいないです」

 燃やすくらいならば、スカートになって着てもらった方が生地も喜ぶと思う。
 不満な心に反応したのか、小さなキノコがモーリスの腕に生えた。
 あの淡い紅色の傘は、ハナオチバターケだろう。
 だが、モーリスはキノコをむしりながらため息をついた。


「……アニエス様は、何故殿下が自分を招待するとお思いですか?」
「主にキノコ……というか、ほぼキノコですよね。あとは王族のイメージ調整でしょうか。端くれとはいえ王族の、フィリップ様による騒動の後始末なのだと。……一応、私のイメージ回復も多少は考えてくださっているようですが」

「キノコは否定できませんが……」
 眉間に皺を寄せながら聞いていたモーリスは、ツチスギターケを包んでいたハンカチにハナオチバターケも入れて包み直す。
 図らずもクロードへのお土産キノコが増えていくのが、何だか悔しい。

「いいですか? クロード殿下は第四王子ですが、王位継承権は第二位です。婚姻と共に王族ではなくなるフィリップ様を、わざわざフォローして回るような立場ではありません。あの方は現在独身の男性の中で、身分、容姿、実力など、ほぼ一位と言って良い方です。女性達のアピールも相当なものです。ですが、浮いた噂もなく、身持ちは固い。そんな方が、興味のないどうでも良い女性のエスコートなどしません。それも、ドレスを用意して、花まで届けて」

 一気に話された内容を、自分の中で咀嚼してみる。
 クロードはフィリップのことはどうでも良くて、女性にモテモテだけれど浮いた噂はない。
「……つまり、私を女性除けに使いたいという事ですか?」

「はい?」
「確かに舞踏会でも御令嬢の視線が凄かったですし、毎度あれでは疲れますよね。フィリップ様の婚約破棄騒動のフォローなのだと言えば、理解も得やすいでしょうし。ただ、私ごときで防波堤になるのかは疑問ですが。……殿下からするとキノコというご褒美がついていて髪色で嫌厭される私が、ちょうど良いのでしょうか」

 舞踏会ではフィリップからの解放で髪をおろしていたから、あれで周囲が嫌厭するのだとわかって好都合だったのだろうか。
 フィリップに散々、桃花色の髪は忌み嫌われているから目立たないようにしろと言われていたが、あれは正しかったようだ。


「違います、あなたをそんな風に利用するつもりでは。キノコはいただきますが。……世の御令嬢は殿下と目が合っただけで、自分に気があるだの運命だの騒ぎますが。あなたは殿下と接して、何にも思わないのですか。」
「キノコは受け取るんですね。……確かに格好良いですけれど、そんな勘違いをするほどの容姿も身分もありません。どうぞ、ご安心ください」

 伯爵令嬢の時点でも身分差があるというのに、更にアニエスは平民育ちで、桃花色の髪色とキノコ持ちだ。
 家族は優しいので容姿を褒めてくれるが、それを鵜呑みにするほどアニエスも幼くはない。
 結局、クロードに釣り合うようなものは何もないどころか、負の財産ばかりある。
 この状況で運命だと言うのなら、相当な自信と鋼の精神が必要だろう。

 それに、クロードに対して嫌悪感はなくともキノコの変態的不信感はある状態なのだから、騒ぎようもない。
 大体、キノコにプロポーズする王子にときめけと言うのが無謀な話だ。
 モーリスの表情が曇りきっているというか、何か呆れているようにも見えるが何なのだろう。
 もしかして、アニエスが浮かれているところでも見たかったのだろうか。

「……ともかく。次の舞踏会では、もう少し殿下と話をしてください」
「はあ」
 話す事もないのだが、断る術もない。
 アニエスは気のない返事をすると、花束を抱えてため息をついた。

 モーリスの話によれば、この招待はフィリップの件のフォローではない。
 群がってくる女性除けでもない。
 となると、残る可能性はやはりキノコ採集か。
 そうだとすると、付き合わされるアニエスにとってはただただ迷惑な話だ。




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【今日のキノコ】
ハナオチバタケ(花落葉茸)
淡い紅色の傘は1~2cm程度で、柄は非常に細く針金のよう。
こういう形のキノコのランプを売っているのを見たことがある。
毒があるかハッキリせず、食べ方も特にないらしい。
……食べ応えがなさそうなキノコに、世間が冷たいと思う。

ツチスギタケ(「正気に戻るまでは」参照)
食べたら吐くのに、食感が優れていると言われるキノコ。
モーリスのハンカチの中で、ハナオチバタケに先輩風を吹かせている。
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