【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

31 ご安心ください



「これ、アニエスに」
 そう言って手に乗せられたのは、ピンクのキノコブローチだ。
「本当は、アニエスの髪色のキノコは俺が持ちたいけれど……」
「ピンクのキノコは、さすがに王子としてどうかと思いますよ」

 本音を言えばキノコの時点でどうかと思うが、キノコの変態である以上キノコを撤廃はできないのだろうから、あえて言わないでおく。
「だよな。だから、こっちで我慢する」
「我慢、なんですか」

 クロードはそう言って、自身のシャツに青いキノコのブローチをつけた。
 右手にソライロターケ、左の手にコンイロイッポンシメージをつけたままだというのに、器用なものである。

「アニエスはピンクでいいの?」
 何故そんなことを聞くのだろうとクロードを見てみれば、心配そうにアニエスを見つめている。
 その視線で言いたいことが何となくわかったアニエスは、口元を綻ばせた。

「この髪の色であれこれありますけれど、ピンク色が嫌いなわけじゃありません。桃花色の髪だって、褒めてくれる人もいますし」
 父と母、それからブノワとケヴィン……そう言えば、クロードもアニエスの髪を綺麗だと言ってくれた一人だ。

 伯爵令嬢として暮らすようになってから、貴族男性に髪色を褒められたのは初めてかもしれないと、今更気が付いた。
 婚約者だったフィリップですら、アニエスの髪を褒めるようなことはなかったのに。
 まあ、そのフィリップは運命の相手である(つがい)を見つけてアニエスを捨てたわけだが。

「そうか。良かった」
 安堵の笑みを浮かべるクロードを、アニエスはじっと見つめる。
「そのキノコはもぎ取らないのですか? 邪魔だと思うのですが」
 クロードの両手でゆらゆら揺れる青いキノコについて尋ねてみると、クロードは優しい笑みを浮かべた。

「ソライロターケは繊細だからね。もぎ取ろうと刺激を与えたら黄色に変わってしまうから、手袋のまま運ぶよ。それに、コンイロイッポンシメージとソライロターケが両手に生えているというのも美しいだろう?」
「……はあ」

 さすがはキノコの変態、言うことがよくわからない。
 それにしても、アニエスは長年のキノコの呪いのおかげでキノコの名前もわかるが、クロードは名前どころか性質まで知っているのか。
 尊敬を通り越して、ちょっと引いてしまう。
 ……まあ、キノコからすれば大切にしてくれるわけだから、いい変態なのかもしれない。


「そう言えば、殿下は番を探さないのですか?」
 フィリップに関しては竜の血を引いていないとやらで番ではなかったらしいが、王位継承権第二位のクロードならば恐らく問題ないはず。
 となれば番が存在するのだろうかと思って聞いてみたのだが、クロードは目を瞠って固まっている。

「……探して、見つかるものではないよ」
「そうなんですね。失礼致しました」
 確かに、フィリップはサビーナを探したわけではなく、より良い条件の令嬢として出会っただけなのだろう。

「……都合のいい言葉ですよね」
「え?」
「番です。だって、そう言われたらもうどうしようもありません」
 自分に非があったのなら、仕方がないと思える。
 だが、誰に非があるのでもなく、元々が間違いなのだと言われてしまうのだ。

「それまでの関係はすべて偽物だって、切り捨てるんですから。……まあ、実際本人からすれば偽物なのでしょうが」
 いっそ嫌いだと言ってくれれば、あるいは一言でも謝ってくれれば、きっと受け入れられた。
 それを突然『おまえは違う』と存在ごと否定されれば、うっすらとはいえ育まれていた信頼も霧散して当然だ。

「……そうか」
 クロードの表情が明らかに曇ったのを見て、アニエスは自身の発言の愚かさに気付き、頭を下げる。
「すみませんでした。クロード様は無関係で。それどころか、あの場では助けてくださったのに……全部フィリップ様への文句で、私自身の問題ですね」

 王族に愚痴をこぼすとは、何と失礼な話だ。
 それに、クロードの場合にはフィリップと違い、竜の血による本物の番だろう。
 噂通りならば、番を見つければ他の者を愛することはできないのだから、決して一方的な裏切りとは言い切れないのだ。

 何度か会っていることで気が緩んでいるのだろうか。
 契約のために親し気にすることはあっても、相手は王位継承権第二位の王子様だ。
 平民育ちのアニエスとは文字通り住む世界が違うのだから、もっと気を付けなければ。


「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
「あの、クロード様が番を見つけたら、教えてくださいね。個人的なことで恐縮ですが、私はもう二度と番と関わりたくありません。その言葉を聞くのも正直、嫌です。クロード様が望めば、すぐ契約終了しますし、視界から消えますから。ご安心ください」

「……ああ」
 邪魔をする気はないのだと伝えたが、何だかクロードの元気がない。
「クロード様?」

 心配になって顔を覗き込むと、クロードに手をすくい取られ、手の甲に口づけを落とされる。
 腕にポンポンと勢いよくキノコが生えるのを見て、鈍色の瞳がわずかに細められた。
 小さい白い傘はオトメノカーサ、同じく小さい淡い紅色の傘はハナオチバターケだ。
 ……なんだか最近、オトメノカーサ率が高いのは気のせいだろうか。

「……また、会いに来てもいいかな」
「え? あ、はい」
 まだ契約中なのだから、『ひとめぼれで首ったけ』は続行するということだろう。
 うなずくアニエスを見て、クロードは寂しそうな笑みを浮かべた。



 その日は、朝から薬草を収穫するために畑に出ていた。
 髪は一つに結い、日除けの帽子をかぶり、ワンピースでは汚れてしまうからとエプロンをつけた上に、裾をたくし上げている。

 平民の農作業としては何ら問題ない恰好ではあったが、普通の伯爵令嬢の姿ではない。
 まして、王族の前に出る姿では、断じてない。
 なのに何故、花紺青の髪と鈍色の瞳の青年はここにいるのだろう。

「こんにちは。アニエス」
 にこりと微笑むクロードに、アニエスは籠を持ったまま暫し固まった。

 ここはルフォール邸で、庭の片隅に作った畑で。
 いくら王族と言えども、無断で入って来るはずもない。
 ということは、誰かが案内したはずだ。
 アニエスが畑仕事をしているのは知っているはずなのだから、応接室にでも通してくれればいいものを。

「こ、こんにちは……」
 とりあえず挨拶してはみたものの、はしたないというよりも、もはや不敬と言っていい格好だ。
 急いで着替えるべきなのかとも思ったが、これで怒るなり軽蔑するなりして契約が終わるなら、それはそれでいいかもしれない。
 キノコ分のお金は惜しいが、精神的な負荷は減る。

「畑にいるって聞いたけれど、本当に畑だな。アニエスが手入れしているのか? 入ってもいい?」
「だ、駄目です。土で汚れますから」
 アニエスは籠を置くと、慌ててクロードのそばに駆け寄った。


「何か御用ですか?」
「いや、アニエスに会いに来たんだが……それは、普段から?」
 それとは何だろうと思いつつクロードの視線を追うと、アニエスの足元に向かっている。
 膝までたくし上げたワンピースの裾から、白い脚が覗いていた。

「あ、やっぱり不愉快ですよね。すみません」
 王族のクロードからすれば不敬云々よりも、滅多に遭遇しない珍事という扱いなのかもしれない。
 即契約終了はなさそうだと残念に思いつつ、裾を直し、土埃を叩き落とす。

「どちらかというと眼福……いや、何でもない。これは薬草だろう? わざわざ育ててどうするんだ?」
「売ります」
「この量を?」

 クロードの疑問はもっともだ。
 薬草は需要がある分だけ供給もあり、育てるよりも買った方が圧倒的に楽である。
 庭で少し栽培した量を売ったところで、大した額にはならないだろう。

「そもそも、売ってどうするんだ?」
「売ったら、お金になります。新生活に向けた、資金です」
「……新生活、というのは?」
「平民生活ですね」
 アニエスが即答すると、クロードががっくりと肩を落としている。

「……まだそんなことを言っているのか」
 そんなこと、と軽く扱われるのは心外だ。
 アニエスにとって順調な平民生活の滑り出しのために、最低限の資金調達は必須事項なのだ。

「この量で、望む額になるのか?」
「まさか。全然足りません。なので、工夫します」
「工夫?」
 興味を示すクロードを見て、アニエスは己の失言に気付いた。




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【今日のキノコ】
ソライロタケ(「キノコの変態とキノコのブローチ」参照)
空色の小さな傘を持ち、すぐに黄色に変色する繊細なキノコ。
変色しないようにというクロードの気遣いに感激している。

コンイロイッポンシメジ(「キノコの変態とキノコのブローチ」参照)
濃い青色の傘を持つキノコ。
クロードに「美しい」と褒められて、まんざらでもない。

オトメノカサ(「大切な人だから」参照)
小さな乳白色の傘を持つ、恋バナ大好き野次馬キノコ。
今日も乙女の気配を逃さず、大興奮で生えてきた。

ハナオチバタケ(「結局はキノコですか」参照)
淡い紅色の傘を持つ、小さなキノコ。
オトメノカーサに「ほぼピンク色」という理由で引っ張り出されたが、水玉模様はないので勘弁してほしい。

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