王宮には何度か舞踏会で訪れたが、やはり王太子の婚約祝いともなれば規模も格も違う。
 ホールの中央に鎮座するシャンデリアも、今宵は一層輝きを増しているような気がする。
 招待客も上位貴族目白押しだし、その装いも華やかで、会場に入っただけで目がチカチカしてきた。

 人が集まった場所に美貌の王子が現れればどうなるかなど、考えるまでもない。
 予想通り各方面からの視線が突き刺さる中、クロードは手袋に生えた小さなキノコを楽しそうにむしり取っていた。

 淡い黄褐色の傘は、キララターケだ。
 雲母のようにキラキラ光る細かい小鱗片をつけているので、間違いないだろう。
 華やかな会場に合わせてキラキラしたキノコが生えたのかと思うと、キノコの呪いも感慨深いものがある。
 
 それにしても何だか延々と生えては、クロードにもぎ取られているが、どういうことだろう。
 あまり長時間キノコをもいでいると人目についてしまうので、さすがにやめて欲しい。

 すると、祈りが通じたかのように、ピタリとキノコが生えなくなった。
 クロードはもっと生えないのかと言わんばかりに手袋を見つめているが、その仕草だけでも絵になるのだからキノコの変態王子の美貌が恐ろしい。

 ……やはりキノコに意思が通じている気がするのだが、これはキノコの呪いが悪化しているということなのだろうか。
 切ない事態に、アニエスの疲労度がさらに上がった。



「最終日なのに、過酷です……」
 化粧室から出たアニエスは、思わずつぶやいてため息をついた。
『ひとめぼれで首ったけ』は最後まで貫き通すらしく、クロードに合わせるのも一苦労だ。

 大抵の人は何となく流してくれていたのだが、最近はアニエスにも話しかけてくる人が多くなった気がする。
 ただの挨拶ならまだしも、馴れ初めや日頃の仲を聞くのはやめてほしい。
 答えるのはもっぱらクロードだが、身に覚えのない甘い話を聞かされるのは結構つらい。
 やはり長期間の作戦は危険だし、ここらが潮時だろう。


「あら、お久しぶりです、アニエス様」
 アニエスが振り返ると、そこにはサビーナ・バルテ侯爵令嬢が微笑んでいた。
 飴色の髪に若草色の瞳が美しく、蒲公英色のドレスはリボンを沢山あしらって華やか。
 今日も可愛らしい装いのサビーナは、笑顔のままアニエスに近付いて来た。

「今夜もクロード殿下と御一緒ですか?」
「ええ、まあ」
 サビーナがいるということは、当然フィリップも一緒なのだろう。
 出来れば会いたくないので、周囲に気を付けなければ。
 サビーナはアニエスの前で立ち止まると、若草色の瞳を細めた。

「良かったですね。フィリップ様に捨てられてしまったから、社交界の評判が悪くなったのではと心配していたんです。でもクロード殿下と御一緒なら、安心ですね」
 そう言うと、サビーナは大袈裟な笑顔と共にうなずく。

「本当に凄いです。その髪もフィリップ様にまとめるよう言われていたものを、おろしたのですね。やはり、珍しい色だと目立ちますし、興味もわきますものね。とてもお上手だと思います。――さすが、平民から伯爵家に入った方は違いますね」

 花のような笑顔で褒めている風を装ってはいるが、完全な嫌味だというのはアニエスにもよくわかる。
 サビーナはフィリップを奪い取った形なのだから、嫌味を言うならアニエスの方だと思うのだがどういうことだろう。
 だが、この程度のことは昔から言われ慣れているし、正直相手にするのが面倒くさい。

「はあ、どうもありがとうございます」
 とりあえず適当に返答していると、それを察したらしいサビーナの顔が一瞬曇った。
「ああ、でも珍しいものがお好みでしたら、誰でもよろしいのかしら。私も殿下にご挨拶に伺おうかしら」

 珍しいものというか、キノコを持って行けばいいと思う。
 それだけで、クロードの好感度はうなぎのぼり間違いなしである。
 何なら、その場でプロポーズしてくれるかもしれない。
 ただしキノコに、だが。
 とはいえ、教えてあげる義理もないので適当に相槌を打つ。


「……そうしていられるのも、今のうちですよ」
「はい?」
 声音が変わったので見てみると、サビーナの笑顔から華やかさは消えていた。
 笑ってはいるが、嘲笑と言った方がいい笑みだ。

「クロード殿下は王族で、竜の血を引く方ですから。()()(つがい)が現れるかもしれませんね。相手は魂の伴侶ですから、そうなればアニエス様は……ねえ? また、同じ思いをされるのもお辛いでしょうね」

 何ひとつ慰めるつもりのない労わりの言葉に、アニエスはゆっくりと笑みを浮かべる。
 よくわからないが、サビーナはアニエスを敵視している。
 ならば、落ち込んだり怒ったりしたら思うつぼ。
 今こそ、貴族令嬢として培った優雅な笑みを返す時だ。

「お気遣い、ありがとうございます」
 ふとサビーナの頭に視線を移すと、そこにはキツネノエフーデが生えていた。
 卵型の幼菌から濃い紅色の棒のようなものが伸びていたので、間違いない。
 棒の先端の粘液が結構な悪臭だったはずだが、教えてあげる義理もないし、フィリップがどうにかするだろう。
 そう結論を出すと、悪臭から逃げるようにその場を立ち去った。
 


「失礼。ルフォール伯爵令嬢かな?」
 会場に戻ってクロードを探していると、見知らぬ男性に声をかけられた。
 女性を伴ったその男性の姿は、遠目ではあるが見たことがある。
 それが誰なのかを理解したアニエスは、すぐに礼をした。

「はじめまして、ロージェル公爵閣下。アニエス・ルフォールと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。君に会いたいと思っていたんだよ」
 公爵は夫人と思しき女性とうなずき合い、アニエスに微笑んだ。

「私に、ですか?」
「あなたが偶然手に入れたという希少なキノコのおかげで、私達の子供の熱が下がったのです。色んな薬を試したけれど、一向に熱が下がらなくて、もう駄目かと思いました。本当に、ありがとう」

 夫人が感極まった様子でアニエスの手を握ってくる。
 高貴な女性がアニエス程度の相手にする態度ではない。
 だからこそ、心から感謝しているというのがひしひしと伝わってきた。

「な、何故、私だとご存知なのですか?」
 店長にはアニエスの名を出さないようにお願いしているし、実際ホイホイ触れ回るような人でもない。
 混乱しつつも不安になり尋ねると、公爵が涙ぐむ夫人の肩を抱き寄せた。

「ネツサガールというキノコのおかげで、息子は一命をとりとめた。今後のためにも、妙薬のキノコや薬草の入手経路は明らかにしておきたくてね。失礼だが、調べさせてもらった。……まさか、伯爵令嬢が自ら薬草を栽培しているとは思わなかったが」

 確かに、今後同様の病が流行した際などに、確実に手に入る経路があるなら押さえておきたいだろう。
 まして子供が罹患して辛い目に遭ったのなら、なおさらだ。
 店長が隠していたとしても、人攫い兼強盗ですらアニエスを突き止められるのだから、公爵の力をもってすれば調べるのは容易いのかもしれない。


「お恥ずかしい限りです。庭で薬草を育てた際に偶然生えたものを見つけただけなので、運が良かったのでしょう。お役に立てたのなら、幸いです」
「謙遜することはない。君は息子の命の恩人だ。今度あらためてお礼をしよう」

 公爵はそう言って、夫人と共に立ち去った。
 素性がばれてしまっているのはどうかとも思うので、やはり今後は納品する量を検討しないといけないだろう。

 だが精霊の加護に関することで、何も知らない人にお礼を言われたのは初めてだ。
 髪色は厭われ、精霊の加護は気味が悪いと言われていたアニエスにとって、人の役に立ててお礼を言われるというのは何だか恥ずかしい。
 だが同時に嬉しくもあり、心が癒されたような気がした。




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次話、誰も待っていないあいつが登場します。
Let's へなちょこ!


【今日のキノコ】
キララタケ(雲母茸)
雲母のようにキラキラ光る細かい小鱗片を持った、淡い黄褐色の傘のキノコ。
お酒を飲む人が食べると酷い食中毒を起こすキノコで、クロードにセクハラ(肉色の暴露)されたスギタケに代わって「お酒に注意」と伝えに来た。
頑張って伝えているのにクロードがすぐにもぎ取るので、意地になって生え続けていたが、アニエスの意思によって強制終了になった。
「まだ決着はついていない」とクロードとのリベンジマッチに意欲を見せている。

キツネノエフデ(狐の絵筆)
卵型の幼菌から濃い紅色の棒のような本体が伸びていて、先端の粘液が悪臭を放つキノコ。
毒はないのだが、悪臭のキノコをあえて食べる勇者はいないらしい。
「アニエスをいじめる女には、悪臭がお似合いだ」と言って、サビーナの頭上から悪臭を三割増しで放ち始めた。

ネツサガール(「どれだけキノコが欲しいのですか」参照)
解熱作用を持つチョレイマイタケの変異種の、紫色のキノコ。
そんなものはないので、架空のキノコ。
高値で取引された末に、ついに公爵邸にまで行き着き、大出世を遂げた。