【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

8 胞子と菌糸の奪い合い

 

王家の使いが来てから三日。
 アニエスはあれ以来、屋敷にこもってひたすら裁縫をしていた。
 既にスカートを作れるほど大きな生地はないので、残った生地でリボンなどの髪飾りを作る。

「……もう、本当にお針子レベルだよね」
 今日もアニエスの隣では、ケヴィンが紅茶を飲みながら針仕事を見守っている。
 どうやら彼なりにアニエスを見張っているらしいのだが、こちらからすればただの話し相手でしかない。

「ありがとうございます。そろそろ解体したドレス生地も底をつくので、次を検討しないといけませんね」
「次って何?」
 平民生活に向けての次の金策なのだが、正直にケヴィンに言うと少しばかり面倒臭い。
 どうしたものかと考えていると、侍女のテレーズが慌ててアニエスの部屋に駆け込んで来た

「――アニエス様!」
 いつも穏やかなテレーズの表情が曇っている時点で、嫌な予感はした。
 例えるならば、キノコ接近の予感だ。

「王家の使いの方が」
「あの人、また来たんですか?」
「いえ、来たどころか。――アニエス様を連れて行くと言って」

「はい?」
 アニエスとケヴィンは顔を見合わせるが、よくわからない。
 何にしても王家の使いを放置しておくわけにもいかないので、ケヴィンと共に部屋を出ると、応接室には例の朽葉色の瞳の青年とブノワの姿があった。


「お父様? 一体どうしたのですか?」
「アニエス。騎士様と一緒に、舞踏会に行っておいで」
「え?」

 王宮の人間か使用人だと思っていたが、どうやら青年は騎士だったらしい。
 何故騎士が使いをしているのか疑問ではあるが、クロードは騎士として活動していると聞いたことがあるから、部下なのかもしれない。

 ブノワと青年を交互に見て、アニエスは状況を理解した。
 ――王家の権力を使ったのだ。
 ブノワはアニエスが行きたくないと断っているのを知っているのだから、売り渡すような真似はしない。
 恐らく、脅したのだろう。

 アニエスの中に怒りが湧くと、青年の頭のてっぺんに黄褐色の大きなキノコが生えた。
 あれは確か、アカヤマドーリだ。
 手の平二つ分くらいの大きな傘は全体にひび割れが入っていて、まるで焼き立てのパンのようにも見える。
 王家の使いである騎士が、頭に巨大なパンを乗せているように見え、かなり滑稽だ。

 ケヴィンが噴き出しそうになるのを、必死に堪えているのが視界に入る。
 ブノワはさすがに表情を変えないが、小さく首を振ってアニエスにやめるよう伝えてきた。
 さすがに王家の使いをキノコまみれにするわけにもいかない。
 アニエスは怒りの感情とキノコを抑えようと、拳を握りしめる。

 本当ならここで文句の一つも言いたいが、青年はあくまでも使いだ。
 前回と今日の様子からして、アニエスが承諾しない限りは同じことが続くのだろう。
 ここで暴れてもブノワに迷惑がかかるし、我慢するだけキノコは増えるだろうし、このままでは騎士の頭の上でパンのお祭りが開催されてしまう。
 ここは一度、指示に従ってみた方がいいのかもしれない。

 王家の権力を使われたとしても、アニエスに不利だったり危険だというのなら、きっとブノワは認めない。
 この使いの青年も、使いを出しているらしいクロードも信じられないが、ブノワのために従うことにした。


「……わかりました」
 不本意ながらそう答えると、青年は目に見えて安堵の表情を浮かべる。
「ですが、以前に説明した通りドレスはありませんので、このワンピース姿のままになりますが」
「それは大丈夫です。こちらで手配します」

 手配って何だろう。
 ワンピースでもいいと許可を貰ったのだろうか。
 着飾った貴婦人の中にワンピースで来いと言うのも、なかなかキツイ話だ。
 あるいはドレスを用意するという意味だろうか。
 どちらにしても、あまり嬉しくない。

「俺は、モーリス・グノーです。王宮まで案内させていただきます」
「……アニエス・ルフォールです。早めの帰宅を希望します」
「善処します」

 深々と頭を下げたモーリスの頭に生えたキノコを素早くむしり取ると、ケヴィンに放り投げる。
 頭を上げたモーリスは、突然巨大キノコを握りしめた伯爵令息を不思議そうに見たが、すぐに切り替えて馬車に案内をした。


 向かいの席とはいえ、一緒に馬車に乗るのは緊張する。
 乗る時に手を触れずに済むよう駆け込んだ形になってしまい、モーリスは眉を顰めていたが、キノコが生えるよりはマシだろうから見逃してほしい。
 だが、密室に二人きりというのは、やはりつらい。

 ブノワやケヴィンなら安心だから問題なかったし、違う方向性でフィリップも平気だった。
 だが、モーリスとは数回会っただけだし、正直好感もない。
 アニエスがため息をつくと、途端にモーリスの肩に小さな橙色のキノコが二本生えた。
 アカヤマターケは傘部分のヌメリのせいで、艶々と輝いて見える。
 大きなキノコは目立つから駄目だとは思ったが、小さければ良いわけではない。
 
 ……これは、まずい。
 これから王宮に向かうのに、王家の使いがキノコまみれは大変によろしくない。
 しかも使用人ではなくて騎士だというのだから、困った話だ。

 精霊の加護という存在自体は多少知られているだろうが、ほとんどの人が見たことがないはずだ。
 王家の使いをキノコまみれにしておいて精霊の加護だなんて説明しようものなら、行ったこともない隣国にまで泥を塗ることになる。
 それは、よろしくない。

 大体、勝手にキノコを生やすことのどこが加護なのかと言われたら、返す言葉もない。
 だが、正直に『ほぼキノコの呪い』と言うわけにもいかない。
 それに、食用キノコや薬効のあるキノコが生えることだってあるので、一概に悪いとも言い切れないのだ。
 アニエスは、これ以上のキノコの侵攻を許すまいと拳を握りしめてうつむく。


「……緊張していますか?」
「いえ」
 見当違いな言葉をかけられて、アニエスは慌てて首を振る。

 緊張は緊張でも、モーリスの考える緊張ではない。
 こちらは、キノコと胞子と菌糸の奪い合いをしているようなものなのだ。
 頼むから集中を乱さないでほしい。
 再びじっとうつむくアニエスに何かを感じ取ったのか、モーリスは王宮に着くまで口を開くことはなかった。




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ついに、キノコが二種類に増量です。

【今日のキノコ】
アカヤマドリ(赤山鳥)
黄褐色~橙褐色の傘は、直系30cmになることもある、大きなキノコ。
成長すると傘にひび割れができ、焼き立てのパンのようにも見える。
巨大ブールか巨大メロンパンという感じ。
毒はないが、虫がつきやすいらしい。

アカヤマタケ(赤山茸)
赤、橙、黄色などの、1.5~5cmほどの大きさの円錐形の傘を持つ。
ぱっと見、お菓子のキ〇コの山。
だが、体質次第で中毒症状が出るので、一応毒キノコ。

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