ハージェント家の天使
 元々、妊娠と出産で体力が落ちていたところに、1ヶ月間も寝てしまった事で更に体力が衰えてしまったかもしれない。

「そうですね。体調と相談しながらやりたいです」
「わかりました。それならペルラにお願いしておきましょう」
 ペルラというのがメイド長の名前だと、ニコラを返してもらいながら、旦那様に教えてもらった。
「それでは、モニカの身体に障るのでこれで失礼します。何かありましたら、また呼んで下さい」
「わかりました。あの、旦那様……」
 椅子を片付けて立ち去ろうとしていた旦那様は、御國に呼び止められて振り返った。
「おやすみなさい。今日はありがとうございました」
「モニカ……」
 目を見開いた旦那様は何かを言おうと口を開きかけたが、やがてポツリと呟いたのだった。
「……おやすみなさい」
 そうして、パタリと扉が閉まったのだった。

 次の日から御國は少しずつ、歩く練習を始めたのだった。
 最初はペルラに付き添われて屋敷の廊下を壁伝いに歩く事から始めた。
 それに慣れてくると今度は、先日、部屋の掃除してくれたメイドのティカが手伝ってくれたのだった。

「この調子なら、もうすぐ外出も出来そうですね」
 ティカに支えられて廊下を歩いていた御國は、ティカの嬉しそうな言葉に笑顔で頷いたのだった。
 最初は恐る恐る御國の練習に付き合ってくれていたティカだったが、御國が少しずつ話しかけていくと年齢が近い事もあって、だんだんと警戒心を解いてくれたのだった。
 すると、ティカは屋敷や使用人達について、わかる範囲内で教えてくれるようになった。

 ティカによると、この屋敷にはメイドはペルラとティカを合わせた数人しかおらず、人手が欲しくなった時は臨時で人を雇うとの事だった。
「それじゃあ、屋敷の管理は大変じゃないですか?」
「そんな事はありません。この屋敷は旦那様の様な貴族が賜っている屋敷の中では小さい方なんです」
「えっ!? この大きさでそうなんですか!?」

 御國が屋敷内を歩くようになって気づいたのは、この屋敷は御國が住んでいた実家の何倍も大きいという事だった。
 屋敷の庭も広く、小学校の校庭ぐらいの大きさがあったのだった。

「はい。この屋敷は旦那様が爵位を与えられた際に賜ったんです。それまで、旦那様は地方のもっと小さな屋敷に住んでいたそうです」

「といっても、詳しくは私も存じておりません」とティカは付け加えたのだった。
「そ、そうだったんですか……」
「旦那様はとても優しい方です。私の様な下々も気にかけてくださって。……私が前に働いていた屋敷はひどい環境だったので」
 ティカは悲しげに俯いたのだった。

「そうだったんですね……」
「すみません。こんな話をするつもりじゃなかったんです。前よりモニカ様が話しやすくて、つい話してしまいました……」
「気にしないで下さい。私もティカさんからお話しを聞けて嬉しいです」
 御國の言葉にティカは頬を赤く染めた。

「そろそろ、お部屋に戻りましょう。ニコラ様も目を覚ましているかもしれません」
「そうですね……」
 御國はティカに支えられて、ゆっくりと部屋に戻ったのだった。
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