パラダイス、虹を見て。
 帰りの馬車の中で。
 私は寝たフリをした。
 イナズマさんは、じぃーとこっちを見ている感じだったけど。
 しばらくして窓の外を眺めているようだった。

 煌びやかな貴族の世界は。
 やっぱり自分には合わない。

 泣きそうになるのを。
 どうやってこらえればいいのか、わからない。
 けど、
 絶対にイナズマさんの前で泣くわけにはいかなかった。

 館の前で降ろしてもらうと。
「気を付けて部屋戻れよ」
 と言って、イナズマさんを連れた馬車は去っていく。
 ああ、やっと泣けると。
 館の玄関前にして。
 ボロボロと涙がこぼれた。
「さいあく・・・」
 最強につまらない時間だった。
 頬に伝った涙が夜風で冷える。
 この泣いた状態で中に入ったら絶対に誤解される。
 少し、泣き止むまで庭にでも行こうかと思い庭のほうへ身体を向けると。
 暗闇の中から誰かがこっちを見ている。
「ヒサメさん…?」
 全然、気づかなかった。
 灯りを身につけず、暗闇の中でぬぅーと立っているヒサメさん。
 玄関前の灯りで何とか姿を確認出来る。

「何してるんですか?」
 急いで涙をぬぐったが。
 絶対にバレている。
 私は顔をこすって「アハハ」と笑って見せた。
 ヒサメさんは怖い顔でこっちを見ていたかと思えば。
 こっちに近づいきた。
 目の前に立ったかと思えば、黙ってじっとこっちを見てくる。
「ヒサメさん?」
 問いかけても、ヒサメさんは無言だった。
 ヒサメさんはこっちを見つめて。
 急に私の腕を引っ張る。
 あまりにも力が強いのでバランスを崩す。
「ひゃっ」
 前に倒れ込むと。
 がっちりとヒサメさんに抱きしめられる。
「え・・・」
 ほんの数十秒だったけど。
 しっかりとヒサメさんに抱きしめられた。
「…ごめん」
 耳元でささやかれたかと思えば。
 ヒサメさんは、再び暗闇の中へと消えていった。

「・・・へ?」
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