パラダイス、虹を見て。
「家族構成は男爵の父、平民だった母。そして妹。もう会うことはありません」
 淡々と答えるサクラにぞっとしながらも今度は自分が話さなければと思った。
「わ、私の家族構成はちょっと複雑で。最初はね、私。施設で育って。その後、農家の養子になって。で、その後、実の父親だと名乗る人に引き取られて。その人が伯爵だったの」
「…へえ」
 結構、驚くだろうなと思ったのに。
 返ってきた言葉は「へえ」の一言。
 サクラからは冷気が漂っている。
 身体が冷えているんじゃないかと心配になってくる。

「えっとね。18歳のときに30歳年上の人と結婚して。2年で離婚。その後、すぐに再婚して。あ、相手の人は1歳上だったけど。やっぱり、2年で駄目になって。現在、ここで保護されて暮らしているというか…」
「保護?」
 怖い顔でサクラがこっちを見る。
「えーっとね。2番目の夫がちょっと暴力的な人で、簡単に言うと殴り殺されかけて…」
 自分で何故、こんなにも冷静に話せているのが不思議だ。
 言葉に出してみると、虚しさがジワジワと広がってくる。

 サクラは言葉が出ないのか。
 両手で口をおさえた。
「あ、ごめん。怖いよね、こんな話。気を悪くさせちゃったね」
「・・・どうして、そんな明るく話せるんですか?」
 カタカタと震えながら、サクラは低い声で言った。
「どうして…と、言われても」
 考えたことがなかった。
「…助けてくれた人がいたから」
 サクラから目をそらす。
「私ね、すっごく馬鹿なの。だから、悩むことが嫌いなの。頭痛くなっちゃうの」
「……」
 ニコッと笑って見せたが。
 サクラの顔は怖かった。
「正直なところ。助けてって何度も叫んだよ。何度も、何度も」
「……」
 サクラの目が怖い。
 年上だからって格好良く語りたいと思ったけど。
 少しだけ声が震えた。
「身体に傷が増えるたびに、助けて―って。でも、無理だった。何も変わらなかった」
 無意識にサクラの手を握る。
 冷たかった。
「私はヒョウさんに助けてもらったけど。考えてみたら、自分で変わる勇気がなかったんだよね」
「変わる勇気?」
「そっ。どんなに絶望しても、誰かが助けてくれなくても。私自身、逃げようともしなかったし、変わりたいって思わなかった」
「…誰しも、そんな強くなれないですよ」
 そう言うと。
 サクラはボロボロと涙を流し始めた。
「ここで寝ていいですか?」
 そう言うと。
 サクラは横になって。
 意識を失ったかのように眠ってしまった。

 ずっと寝ていなかったのだろうか。
 男の姿のサクラと一緒に寝るってどうなんだいって思ったけど。
 まあ、大丈夫でしょと思って。
 私もそのまま寝てしまった。
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