追放された大聖女は隣国で男装した結果、竜王に見初められる
 手が合わさると、ぐいっと引き起こされる。

「本当の名はアレクセイという。今まで言い出せずにいて悪いと思っている」
「そんな……じゃあ、あなたはやっぱり、竜王様……?」

 この国で、黒竜といえば竜王のことを指す。
 その姿を見たときにまさか、と思ったが、助けてくれたタイミングといい、驚くことが多すぎる。脳内の処理も追いつかない。
 アレクセイは赤みがかった紫の瞳を伏せ、懺悔するように声のトーンを落とした。

「正体を知ってしまったら、今までのように接してくれなくなると思っていたんだ」
「わ、私……不敬罪で投獄……?」
「そんなことにはならない。僕は敬ってほしいわけでもないからな」

 その口調はよく知るアレクのもので、動揺していた心が落ち着きを取り戻す。
 冷静になると、疑問が頭をもたげた。

「どうして、助けてくれたの? あんな見計らったようなタイミングで……」
「……怒らないで聞いてほしい。君には護衛をつけていた。君が大聖女だと知ったときから」
「…………」

 ということは、昼間に元婚約者に出会った件も当然知っていたのだろう。
 護衛なんて話も聞いていないし、言いたいことはあるが、彼が助けに来てくれなければ今頃どうなっていたかわからない。
 怒るべきか、感謝すべきか、すぐには判断できない。
 押し黙るフローラを見下ろしていたアレクセイは、ふと小さな包み紙を差し出した。

「僕のことが嫌いでなければ、これを受け取ってほしい」
「……これは?」
「僕の気持ちだ」

 訝しみながらもその包みを開ける。細長いチェーンの耳飾りだ。先端には雪の結晶がモチーフとしてついている。
 フローラは耳飾りを包みにしまうと、アレクセイに押しつけた。

「こんなの、受け取れないわ。だって、これって番いに渡すものなんでしょう? そんな大事なもの……」
「君より大事なものなどない」
「え――」
「竜族は一途だ。この先、君以外を愛することはないだろう。たとえ気持ちを受け入れられなくても、願うのは君の幸せだ。僕の愛は君にとって重荷だろうか」

 重いか軽いかと聞かれたら、重いに決まっている。
 軽い気持ちで受け取っていいものではない。そう、だから――時間が必要だ。

「すぐには答えられないわ。だから今の私たちの関係は、友達のままよ。そのうえで聞くわ。アレク、友達からの願い事を聞いてくれる?」
「聞こう」
「竜の姿になって私を乗せてくれない? 行きたいところがあるの」
「それは構わないが、どこへ行くつもりだ?」

 包みを抱きしめて、フローラは西の方角を見やった。

「瘴気が濃い場所に近い国境へ」
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