ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜

「晴日っ!」

 控え室を出て、すぐに後を追ってきた矢島さん。

「あとで、ちゃんと話したい。これには訳が.....」

 この期に及んで、まだ弁解しようとする。それが、ただただ悲しかった。

 立ち止まり、私はくるりと振り返る。


「矢島さんは、私と結婚したかったんじゃない。"瀬川家の娘"なら、誰でもよかったんだよ。」


 彼だけはあの病院の中で唯一、私を一人の人間として見てくれていると思っていた。"瀬川院長の娘"でなく、"瀬川 晴日"個人として見てくれていると信じていた。でも、違ったようだ。

 何も言い返せない彼の様子が、全てを物語っている。本当は、今すぐ言い返してくれるんじゃないかと期待した。訳とやらを、聞かせてくれるんじゃないかと期待した。

 でも、そんな淡い期待もすぐに崩れさり、ショックを受けた感情だけが手元に残る。早くこの場を立ち去りたかった。


「桜まで傷つけたら、許さない。」

「晴日......」

「さようなら。」


 私は泣きたい気持ちをグッと堪え、そう告げる。今はまだ泣けない。泣いたら負けだ。必死にそう言い聞かせた。


 去り際、下瞼の内側に溜まり込んでいた涙が溢れ出すように、ツーっと一筋頬を伝った。これで最後。そう決心し、振り返らない。彼は、もう人のものになってしまったのだから。


 矢島さんとの恋は、今日ここで終わりにしよう。







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